(66)告白は計画的に【USBメモリ】
大学生同士。二人とも二十歳で、民俗学専攻。普段は物静かで、穏やかな笑顔が印象的な好青年男子学生と。民俗学に興味がある、真面目で一生懸命な女子学生。
カタカタカタと、パソコンのキーボードを叩く音がする。
パラパラパラと、資料をめくる音がする。
それ以外の音は聞こえてこないこの空間は、日本における民俗学第一人者である安藤教授の研究室だ。
今、ここにいるのは、私、村石皐月と、そのパートナーである弓削文則君の二人。さっきまで他の学生もいたけれど、彼らは休憩に出ていた。
私たちは明後日までに提出しなければならない研究課題のレポート作りに追われている。
貴重な資料を貸し出してもらえているおかげで、なかなかいいレポートが書けそうだが、そう簡単なものではない。
二人一組で教授が出した課題に取り組んでいても、一週間がかりでようやく六割ほど進んだところだ。
安藤教授は温和な外見で、口調も穏やかな五十代。だけど、この優し気な教授が繰り出す課題というのが、印象とは正反対に過酷なのだ。
それでも、安藤教授に師事したくてこの大学を目指した私としては、ぜひとも乗り越えたい課題である。
――それにしても、終わる気がしないわ……。
つい先日、二十歳の誕生日を迎えた私は、まだまだ若さが溢れているはずだ。
ところが、連日レポートに追われていると、どことなく自分が萎びている気がする。体力に任せて寝る間も惜しんでいるものの、提出期限に間に合うか不安になってきた。
キーボードを叩く手を止め、指で眉間をマッサージする。
すると、向かいの席で資料を手にしている弓削君が、心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫か?」
切れ長の目がジッと私の様子を窺っている。
「んー、まだ、平気かな。目薬を差せば、頑張れるよ」
私は疲れた顔に笑顔を浮かべ、彼に言葉を返した。
「俺がパソコンをうまく使えないせいで、村石には迷惑をかけて悪い」
彼は分布図や推移表を作るのが苦手らしく、そして打ち込みのスピードは私のほうが早いので、入力作業は私がメインに行っている。
「迷惑なんかじゃないよ。弓削君の下書きはすごく分かりやすいし、集めてくれた資料も的確だから、そこはお互い様でしょ」
すると、彼はフッと目を細めた。
「村石は優しいな」
「な、なに言ってるの!ほら、作業を進めないと終わらないよ!」
彼の言葉が照れくさくなって、私はパソコンに向き直った。
弓削君は中学、高校と剣道をしていたので、細身に見えても、けっこう筋肉が付いている。背も高くて、身長百六十センチの私が見上げてしまうほど。
キリッとした眉と形のいい奥二重の目が印象的で、なんとなく孤高の侍を思わせる。そして、たいていの人にかっこいいと言われるくらい、彼の顔立ちは整っていた。
いつも穏やかに微笑んでいる弓削君に、ことさらいい笑顔で『村石は優しいな』と言われれば、照れないほうが無理な話である。
イケメンの笑顔というものは、他意がなくてもときめいてしまう。私はドキドキと脈打つ心臓の音を聞きながら、ひたすら両手を動かした。
それから少ししてから、ふいに私の手が止る。
「あー、困ったなぁ」
画面とにらめっこしていた私がポツリと呟くと、弓削君がやってきた。
「どうした?」
「ここの文章、なんとなく言い回しがしっくりこないなって。それと、分かりやすい表があるといいんだけど」
私は画面を指で差す。
自分が担当しているレポート部分を手直ししていたのだが、何度書き換えても納得がいかなかったのだ。
「どれどれ……。ああ、ここか」
私の右隣りから画面を覗き込んでいた彼が、席に戻って自分のバッグを漁り始める。そして、黒いUSBメモリを手にふたたび私のところへ。
「夕べ、纏めておいた。よかったら、参考にしてくれないか。使えそうな表は、今探すよ」
「ありがとう。それじゃ、さっそく」
私は大きな手の平の上に乗った小さなUSBを取り上げ、パソコンに繋げる。
画面に表示されたファイル名には「計画書」とあり、私は首を傾げた。
――計画書?レポートの進行表ってことかな?
席に戻って黙々と資料を読み込んでいる弓削君に声をかけるのはやめ、私はそのファイルにカーソルを合わせてクリックする。
ファイルの中にはエクセルやワードを使って作られたデータがいくつかあって、タイトルには数字が振ってあるだけだ。とりあえず、一つ目のエクセルデータを開いてみた。
一番上には『デート日程表』と書かれており、画面左側に時間、その横に行動計画が入力されている。
九時 自宅に迎えに行く(できれば車で)
十時 シネコンで映画鑑賞
十二時 昼食
昼食後は買い物、またはドライブ
十八時 イタリアンレストランで夕。
その後は、雰囲気を見て告白。車のトランクに花束を用意しておくこと。
――なに、これ?
どう見たって、民俗学のレポートではない。まさにデート日程表だ。
弓削君のプライベートをうっかり覗き見してしまった。「このUSB、違うんじゃない?」と声をかけるのも、なんだか気まずい。
私は素知らぬ顔で二つ目のエクセルデータを開いた。そして、さらに驚いた。
まず私のフルネームがあって、誕生日、身長、足のサイズ、おまけに誰から聞いたのか、指輪のサイズまで書かれている。
その後には、好きな食べ物、苦手な食べ物、趣味、興味があるものなど、私に関することがあれこれと書かれていた。
――ど、どういうこと……?
キーボードに手を添えたまま固まっていると、弓削君がさっきと同じように「どうした?」と言って近付いてくる。
彼はパソコンの画面を覗き込んだ瞬間、「うわぁっ!」と大きな声を出して、ものすごい速さで画面を消した。
「レポート用のと同じ黒のUSBだから、間違えて持ってきたのか!?しかも、本人に見られるとか、俺、間抜けすぎるだろ!くそっ、渡す前に確認すればよかった!」
穏やかな彼とは思えないほど、激しく取り乱している。
私はどうすることもできず、固まったままだった。
すると、ワーワー騒いでいた弓削君が、いきなり後ろから私を抱き締めてくる。
「村石、好きだ!俺と付き合ってくれ!」
「ええっ!?」
その後、課題のレポートが間に合ったかどうか、ご想像にお任せします。




