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(64)出会いは放課後、図書室で【下敷き】

同じ高校の先輩と後輩。身長差アリ、一学年違い。今後の活躍が期待されているサッカー部員の先輩男子と。図書室常連さんの小柄で華奢な後輩女子。


男子生徒視点です。




浜中はまなか君、私、ちょっと職員室に行ってくるから」

「はい、分かりました」

 司書の佐藤さとうさんが俺に声をかけてから、図書室を後にした。

 俺は受け付けの椅子に腰を掛けたまま、腕を大きく上げてグンと背伸びをする。

 サッカー部に所属し、放課後は練習で汗を流す俺にとって、図書委員としての仕事はかなりかったるいものだ。


 四月初旬、俺が風邪で学校を休んだ日に委員決めがあった。どの生徒も必ずなにかの委員にならなくてはいけないので、欠席していた俺には余っていた委員が割り振られてしまった。それが図書委員である。

 ウチのクラスに一人でも読書好きがいれば、サッカーに青春を捧げていると言っても過言ではない俺が図書委員になることはなかったのに。

 担当日が二週間に一度だとしても。大きな試合を控えている時には、練習に参加するために委員の仕事が免除されるとしても。放課後から十七時まで、たった一時間ほどの活動だとしても。

 漫画とサッカー雑誌しか読まない俺にとって、当初、図書委員であることは苦痛でしかなかった。


 ところが、そんな俺に図書委員になってよかったと思う事態が訪れるとは……。




 それは、俺が初めて図書委員の仕事をしていた日のこと。

 本の貸し出しと受け取りを担当していた俺は、受け付けカウンターの中で、机に肘をついてボンヤリと座っていた。


――あぁ、つまんねぇなぁ。


 小学校三年生からサッカーを始め、高校二年になった今では次期主将とまで言われるようになった俺にとって、特になにもしないで座っていることが退屈で仕方がなかった。

 暇つぶしのために家から持ってきたサッカー雑誌は、既に三回も目を通している。


――これなら、本棚の整理を引き受ければよかった。


 大きなため息を零したその時、「す、すみ、ません……」と、小さな声が聞こえてきた。

 ハッと顔を上げると、受け付けカウンターの前に、小柄な女子生徒が立っている。彼女は本を胸に抱き抱え、所在なさそうな顔でこちらを見ていた。

 俺は慌てて席を立ち、カウンターに歩み寄る。近付いてみると、彼女は本当に小柄だった。身長百八十センチである俺の肩に、やっと頭が届くくらい。

 そして、やたらと細かった。制服の袖から覗く手首はほっそりしていて、指も折れそうなほどに細い。一年の学年カラーである濃紺のネクタイが巻かれたYシャツの襟元から見える首も、俺とは比べ物にならないくらいに細かった。

 その儚げな彼女が、申し訳なさそうに頭を下げる。

「あ、あの……、ほ、ほ、本を、返しに、き、来ました」

 いや、申し訳ない顔をするのは俺のほうである。受け付け担当のくせに、気付かなかったのだから。

「ぼんやりしていて、ごめん。じゃ、返却しておくから」

「は、はい。よ、よろしくお願いします」

 彼女は俺に向かって丁寧にお辞儀をして、カウンターを離れていく。

 俺は本棚に向かって歩く華奢な背中を、ジッと見送っていた。

 受け付け担当をしてから何人かの生徒を対応したけれど、彼女のようにわざわざ頭を下げ、そして『よろしくお願いします』と言ってくれた生徒は、誰一人としていない。


――随分と、礼儀正しいんだな。それに、なんか可愛いし。


 黒目がちな瞳が印象的な彼女は肩下まで伸びた茶色の髪がフワフワしていて、家で飼っているポメラニアンの仔犬を思わせる。

 また、おっかなびっくり話しかけてくる様子が、さらに庇護欲を煽る。なんというか、大事に大事に守ってあげたいと思わせるのだ。

 そういうタイプの女子生徒は、俺の周りにはほとんどいない。

 サッカー部員の中でそこそこ人気のある俺は、見た目が派手で賑やかな女子に囲まれることが多い。それはそれで楽しいけれど、俺としてはちょっと疲れを感じてしまうこともあった。


――あんな子が、俺の彼女になってくれたらいいのに。そしたら、思う存分甘やかして、目いっぱい可愛がってあげたいよなぁ。


 思わぬ出会いをもたらしてくれた図書委員の仕事に、初めて感謝をした俺だった。




 とはいえ、沼田ぬまた和泉いずみちゃんとの接点は、これと言ってない。だから、どうアプローチしていいのか分からなかった。

 貸し出しカードを見たので名前とクラスは分かったが、一度顔を合わせただけの俺が彼女のクラスに行ったら、変に思われるだろう。

 それに、あまり積極的に迫ると、彼女が怯えて逃げてしまう可能性もある。

 仕方がないが、タイミングを計って少しずつ親しくなるしかなさそうだ。

 そんなじれったい方法は俺らしくないが、『急がば回れ』という言葉もあるではないか。彼女に警戒されてしまっては、元も子もなくなってしまう。

 和泉ちゃんはかなりの読書家で、佐藤さんと顔なじみになるくらい、図書室に通っているらしい。

 だから、次の担当日に会えたら、その時にさりげなく声をかけてみよう。

『いろんな本を読んでいるんだね。本をほとんど読まない俺でも楽しめる本を教えてくれないかな?』

 こう頼んでみれば、きっと不自然に思われないはずだ。


――早く、和泉ちゃんに会いたいなぁ。


「……浜中、なにニヤ付いてんだよ」

 同じクラスで部活も同じ塩田しおたが、俺の額にデコピンしてきやがった。

「いてっ、なにすんだよ!」

「今日はOBが来て、練習を見てくれる日だぞ。ボサッと座ってんなよ。ほら、行くぞ」

「あ、ああ、悪い」 

 慌てて立ち上がると、バッグを持って先を歩く塩田を追いかけた。




 あれから二週間後。

 俺は放課後になった途端に教室を飛び出し、まっすぐ図書室を目指した。それから、まだ他の当番が来ていないことをいいことに、さっさと受け付け内に陣取る。

「あら、浜中君。また、受け付けでいいの?前回、退屈そうにしていたようだけど」

 図書室入り口付近にある新着図書コーナーに本を並べていた佐藤さんが、ふと作業の手を止めて話しかけてきた。

「受け付けがいいです!」

 きっぱり答えた俺の言葉に、佐藤さんが苦笑を零す。

「そう。受け付けは面倒がる委員が多いから、引き受けてくれるなら助かるけど」

「だったら、俺はこの先、ずっと受け付けでもいいです!」

 ここにいれば、和泉ちゃんが図書室に来た時、最低でも一回は話をすることができる。その後に彼女が本を借りるようであれば、もう一回、話すことができるのだ。

 本を戻す担当でも彼女に声を掛けられるだろうが、作業中の俺が和泉ちゃんの登場に気付かない場合も考えられるのだ。

 俺はサッカー雑誌を読む振りをしながら、和泉ちゃんの登場を待った。


 それから十五分ほど経ち、待ちに待った和泉ちゃんが図書室に現れた。前回同様、彼女は本を返すためにカウンターへとやってくる。

 俺は席を立ち、ニッコリ笑いながら彼女に声をかけた。

「こんにちは」

 すると声を掛けられたことに驚いた和泉ちゃんが、手にしていた本やノート、筆記具をカウンターの上に落としてしまった。

「こ、こ、こん、に、ちは……」

 顔を真っ赤にした和泉ちゃんは、つかえながらも返事をしてくれる。そして、小さく細い手を忙しなく動かし、カウンターの上に広がったものをかき集め始めた。

「す、すみません。う、う、受け付けの人に声を掛けられたのは、は、初めてで、ちょっと驚いてしまって……」

 アワアワと手を動かしながら、和泉ちゃんが謝ってきた。

 いくら声を掛けられるのが初めてでも、ここまで驚くものだろうか。

 内心首を傾げたが、動揺している和泉ちゃんが可愛いので、俺としてはそんな彼女が見られて嬉しいという気持ちが大きい。

「驚かせちゃってごめん、悪気はなかったんだ」

 俺も彼女と一緒になって、散らばった物を集める。

 そこで、あるものが目に入った。それは、青い海のイラストが描かれた下敷きだった。

「へぇ、綺麗だね。あ、そうそう。俺の名前、この下敷きと一緒なんだよ」

 拾った下敷きを差し出しながら、自分の名前を知ってもらういい機会だと考え付く。

 俺の名前は、青い海と書いて『おうみ』と読むのである。海が大好きな両親が、子供には「海」を入れた名前にしたいということで考えてくれたのだ。

 初対面の人には正確に読んでもらえないことがある名前だが、俺は結構気に入っている。

「俺の名前は……」

 浜中青海と名乗る前に、和泉ちゃんが口を開いた。

「し、し、知っています」

「え?」

 彼女の言葉に、今度は俺が驚く。受け付け担当者の名前を表示している訳でもないのに、どうして知っているのだろうか。

 不思議に思っていると、和泉ちゃんはオズオズと話し始める。

「わ、わ、私、は、浜中先輩のファンなんです。だ、だから、この下敷きを見つけた時、お、思わず買いました。せ、先輩と同じ、青い海だから……」

 すごく小さな声で、恥ずかしそうに和泉ちゃんが言った。

「俺のファン?」

 訊き返すと、彼女はコクリと頷く。

「は、はい。先輩が中学の頃から、ず、ずっと応援しています。わ、私が通っていたのは違う学区の中学だったんですけど、イトコが先輩と同じ中学でサッカー部だったから。た、たまに試合の応援に、い、い、行っていました」

 和泉ちゃんは受け取った下敷きをギュッと抱き締める。 

「ずっと憧れていた、は、浜中先輩から声をかけてもらえるとは、お、思っていなくて、そ、それで、驚いてしまって……」

 彼女の話を聞いて、俺は安堵の息を吐いた。

「そっか、驚いただけなんだ。嫌われているか、怖がられているかと思ったよ」

 和泉ちゃんは、ブンブンと首を横に振る。

「こ、この前も、受け付けにいる先輩に驚いてしまって、は、は、話し方がおかしくなってしまいましたし……。わ、私、緊張すると、上手く話せなくなってしまうんです……」

 語尾が聞き取れないくらいに小声になり、彼女はますます俯いてしまった。

 和泉ちゃんは緊張でどもってしまうことを恥ずかしいと感じているようだが、俺からすれば、それも彼女を可愛いと感じる要因の一つだ。

 俯く彼女のつむじを眺めながら、俺はある提案を切り出すことにする。

「あのさ、俺と一緒にいる時間が多くなれば、緊張することもなくなるんじゃないかな?」

「ど、どういうこと、ですか?」

「俺、和泉ちゃんが好きなんだ。初めて会った時には、もう気になっていたし。その後も、ずっと気になっていたし。今、こうして話している間にも、どんどん和泉ちゃんのことが好きになっているんだよ」

 素直な気持ちを告白したら、彼女がガバッと顔を上げた。

「そ、そんな、こと、信じ、られません……」

 頬を真っ赤に染め、目をまん丸にしている彼女は、本当に可愛い。

「じゃあ、信じてもらえるまで、俺は和泉ちゃんのそばにいることにする。信じてもらえた後も、もちろんそばにいるけどね」

「で、で、でも、先輩は人気があるから、わ、私みたいな、地味な子は……」

「和泉ちゃんの、どこが地味なのか分からないよ。俺には、どこもかしこも可愛く見えるけど」

 俺の言葉に、彼女はさらに目を見開き、ポカンと口を開けた。盛大に驚いている顔は、あどけなくて本当に本当に可愛かった。

「うん、可愛い。驚いている和泉ちゃんは、すごく可愛いよ。だから、俺と付き合って」

「な、なに、これ……。まさか、ゆ、夢?」

 呆然とした表情で呟いた和泉ちゃんは、片手で荷物を持ち、空いたもう片方の手で自分の頬をキュッと力いっぱい抓る。

「い、痛い……」

 涙目でポツリと呟く様子に、俺の心臓がドキュンと射貫かれた。ああ、もう。この子は、いったいどこまで可愛いのだろうか。

 俺はなだらかな丸みのある頬を抓っている手を自分の両手で包み込み、ジッと和泉ちゃんを見つめる。

「痛かったなのなら、これが現実だって分かったよね?俺のファンだと言ってくれるのも嬉しいけど、恋人になってくれたら、もっと嬉しいな」

 ニコッと笑いかけると、いっそう顔を赤らめた彼女が、あうあうと意味不明な言葉を発した。

 そんな彼女を見て、やっぱり世界一可愛いと思った俺だった。

 



空気が読める司書の佐藤さんはコッソリ図書室の外に出て、しばらく間、他の生徒が入ってこないように門番をしていたという(笑)



 


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