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(59)予定変更は不可能です【ホワイトボード】

 職場は中規模程度の工務店。年の差は三歳。身長差、体格差あり。

 アニキ肌のワイルドイケメン土木作業員と。職場のマスコット的存在である色白の事務員女性。


*工務店や工事現場等に関して、誤りがあったらごめんなさい。


 私が勤めているのは、とある工務店。昔堅気で情に厚い社長と、最新の情報を取り入れて設計に当たる社長の息子さんが時々バトルを繰り広げるという、ある意味活気溢れる職場である。

 まぁ、社長と息子さんがぶつかり合うことによって、結果、いい物ができあがるため、従業員たちは「またやってるな」と、温かく見守っていた。

 仕事になると社長も息子さんも鬼になるが、基本的にはアットホームな空気に溢れている。体育会系の雰囲気を持つ土木作業員の皆も、事務員の私に優しく接してくれていた。

「りんちゃーん。来月の現場で使う断熱材、A社の物からB社の物に変えられるかな」

「はい、すぐに手配します」

「りんちゃん。C町にあるマンションのリフォームの件だけど、施主さんとの打合せは何時だっけ?」

「えっと、明後日の午後三時からですね」

「りんちゃん。腐食防止剤の在庫が、そろそろ切れるよ」

「明日の午前中には納品されます」

「りんちゃぁぁぁん!喉が渇いて、死にそうだぁぁぁ!」

「お疲れ様です。冷蔵庫に、麦茶が冷えていますよ」

 こんな感じで、一見強面なオジサマ&オニイサマたちが、和やかに声をかけてきてくれるのだ。

 言っておくが、「りんちゃん」と可愛らしく呼ばれていても、幼稚園生や小学生という訳ではない。

 私の名前は竜胆りんどう弘美ひろみで、苗字を文字って「りんちゃん」と呼ばれている。

 中学卒業後に見習いで入ってくる人もいるんだけど、その人達も二十五歳の私を皆と同じように呼んでいる。

 十歳も年下の男の子たちから「りんちゃん」と呼ばれるのは恥ずかしいが、子犬みたいにじゃれついてくる彼らは弟みたいで可愛い。たまにやんちゃが過ぎるのは困るけれど。

 仕事にも人間関係にも恵まれた職場で働けて、私は幸せ者だ。


 でも、この職場でよかったなと思う理由は他にもあって……。


「りんちゃん。これ、お土産」

 日に焼けた大きな手が差し出してきた小さな手提げ袋には、私の大好物であるプリンが入っている。

「うわぁ、ありがとうございます」

 満面の笑みで袋を受け取ると、お土産をくれた主もニコッと笑ってくれた。

 彼は石上いしがみれんさん。まだ二十八歳だけど、この世界に入って十年になる彼は、現場で皆をグイグイ引っ張る頼もしいリーダーである。

 頭に巻いた白いタオルが似合っていて、Tシャツから覗く腕が凛々しくて、背が高いから作業着姿もすごく似合っている。

 顔立ちは精悍そのもの。連日の現場作業によって褐色に色づいた肌は、彼のかっこよさをグングンと引き上げていた。

 基本的には現場にいることが多い彼ではあるが、折を見ては、こうして私にお土産を買ってくてくれる。

 誰にでも優しくてアニキ肌の石上さんだけど、私の苗字と彼の名前が植物繋がりというきっかけから、特に仲良くしてくれていた。

 プリンを持ってニコニコしていると、石上さんの大きな手がポンと私の頭に乗る。

「相変わらず、色が白いなぁ。なんか、見てるだけで心配になる」

「日に焼けると、肌が赤くなってヒリヒリしちゃうんです。もう、何回も同じこと言わせないでくださいよ」

 クスクス笑っていると、石上さんがニュッと腕を突き出した。

「だって、俺とはぜんぜん色が違うだろ」

 建設現場で働く彼の腕は、筋肉がしっかりついている。ムキムキマッチョではなく、実用的な筋肉がついた頼もしい腕だ。

 その腕に並べるように、私も腕を突き出す。

 半袖ブラウスから伸びる私の腕と、今日の仕事で一段と日に焼けた石上さんの腕。色も太さも全然違う。

男の人なんだなと、しみじみ感じた。

 それと同時に、胸がドキドキと高鳴るのも感じる。

 優しくて朗らかで頼りになる石上さんのことを好きになったのは、ここで働くようになって間もなくだった。

 誰にも内緒の片想いは、もう二年にもなる。

 居心地のいい職場を失いたくないから、告白なんてできなかった。

 石上さんからすれば、私はどこか放っておけない妹という感じだろう。報われるはずはない。

 いつまでも片想いを続けるのは苦しいけれど、この職場と石上さんとのやり取りを失うことのほうが、私にはつらいのだ。

「プリン、ごちそうさまです」

 苦しい思いを笑顔で隠し、私は仕事に戻った。


 私の仕事は事務作業全般。社長の奥さんと二人でこなしている。

 基本的に仕事は二分しているものの、業者の対応は奥さん、細々した管理は私といった感じになっている。

 なかでも、ホワイトボードに仕事の予定を書き込むのは、私の一番大事な仕事だ。

 天気やお客様の都合によって予定が変わることは、日常茶飯事。そんな時は、パッと書いて、パッと消せるホワイトボードが大助かり。

 それに、社長や奥さん、社長の息子さんや現場監督といった主なメンバーの予定が時間別に書き込めるので、従業員が「社長はどこだ!?」、「監督はどこの現場だ!?」と、慌てて探しまわることもない。

 おこがましいことに、そのホワイトボードの左端には私の名前もあって、一日の業務スケジュールを書き込むようになっていた。

 たかが事務員のスケジュールなんて書く必要ないのだが、ある事件がきっかけで、書かざるを得なくなった。

 まぁ、事件というほど大げさなものじゃないんだけどね。

 私が働き始めた年の夏。その日は、ものすごく暑かった。

 お昼過ぎに奥さんに用事を頼まれて、買い物に出た時のこと。

 現場から次々と戻ってきた従業員の皆は、いつもの席に私が居ないことに気が付いて大騒ぎ。

 この暑さのせいで倒れているんじゃないかと、オジサマ&オニイサマたち総出で私の捜索が始まった。

 ちなみに、奥さんはちょうど席を外していたため、私が用事で出かけていることを皆に説明できなかったそうだ。

 カンカン照りの中、皆が私の名前を呼んで近所を探しまわっているところに、日傘を差した私がヒョコヒョコ歩いてきたものだから、ガタイのいいオジサマ&オニイサマに囲まれて、ちょっと怖かった。

 この一件以来、私のスケジュールを書き込むことが義務付けられてしまったのである。 

 

 午後三時を少し過ぎた頃、奥さんが「お客さんにおまんじゅうをもらったから、休憩にしましょ」と声をかけてくれた。

 事務所の奥にある小部屋でお茶とおまんじゅうを堪能した後、ふたたび自分の席に戻る。

 その時、電話が鳴ったので出てみれば、打ち合わせに出掛けている社長からで、帰りが一時間遅くなるとのこと。

「分かりました。気を付けて、お戻りください」

 電話を切った私は、社長のスケジュールを変更するために、ホワイトボードに歩み寄る。

 そこで、おかしなことに気が付いた。

 今日の私は十七時半で退社することになっているのだが、その後にも予定が書き込まれていたのだ。

 自分では書いた覚えのない予定をマジマジと眺める。


 18:00 映画館

 19:45 レストラン

 21:30 夜景が見える公園

 その後は要相談


「なに、これ……」

 まるでデートのスケジュールに思える。彼氏がいない私に対するイタズラだろうか。こういうことをしそうなやんちゃ坊主たちには心当たりがある。

 ボンヤリと眺めていると、後ろから声をかけられた。

「それ、りんちゃんの終業後の予定だから」

「え?」

 ビックリして振り返ると、石上さんが笑顔で立っている。

「あ、あの、私の予定って……」

 唖然とする私に、彼はさらに笑みを深めた。

「その予定、変更不可能だよ。あと、予定をこなすのは俺と一緒だから」

「い、石上さん?」

 呆然と立ち尽くしている私の手を、石上さんの大きな手が包み込む。

「そこには書いてないけど、公園の後は俺の部屋に行くつもり。ま、そこはりんちゃんと相談して、俺の部屋かホテルに行くかを決めよう」

「えっ!?」

 目を瞠る私の手を、石上さんはソッと握りしめた。

「いつまで経っても、俺の気持ちに気付いてくれないから。いい加減、行動を起こさないとマズいなって」

 優しい笑顔なのに、彼の視線はものすごく真剣。

 加えて手を握られているものだから、心臓が爆発寸前。

「……石上さんの、気持ち?」

 息を呑む私に、石上さんは爽やか全開の笑顔を浮かべる。

「それは、あとでちゃんと言葉にするから。じゃ、監督と打ち合わせしてくる」

 改めてキュッと握ってから手を放した石上さんは、ヒラヒラと手を振りながらその場を後にした。

 信じられない出来事に腰が抜け、ヘナヘナとその場に座り込む。

「うわぁ、りんちゃん!?どうしたの!?」

「大丈夫?立てる?」

「休憩室まで運んであげるよ」

 ちょうど現場からもどってきたやんちゃ坊主たちが、ワラワラと私を取り囲む。

 そこに……。

「お前ら!りんちゃんに気安く触るなー!」

 石上さんの一喝が飛んできた。

 いや、声だけじゃなくて、本人も飛んできた。

 呆然と座り込む私の傍で、石上さんとやんちゃ坊主たちがワーワーと騒いでいる。

 その声をどこか遠くで聞きながら、私は自分の頬をギュッと抓った。


――い、痛い……。


 どうやら夢ではないらしい。

 ヒリヒリと痛む頬を撫でていると、しゃがみ込んだ石上さんにギュウッと抱き締められる。

 やんちゃ坊主たちの怒鳴り声が、いっそう大きくなった。

「お前ら、煩い!いい加減にしろ!」

 現場監督のドスのきいた声が炸裂。

 一斉に静まり返る事務所内。

「ったく、これじゃ仕事になりゃしねぇ。石上、りんちゃん。今日はもう、帰れ」


 こうして、私と石上さんは、仲良く追い出されてしまったのだった。 


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