(51)事件は会議室で起きている【ホワイトボード】
同じ会社、同じ部署。仲良し同期。ノリがいいけれど、ここぞという時は真剣オーラ出しまくりの男性社員と。ぎこちなるくらいなら片想いのままでいいと、恋愛成就を諦めている女性社員。
*タイトルがアレっぽいですが、某警察署は無関係です。
「小久保、そろそろ行こうか」
同期の筑摩君に声をかけられたところで、私のデスクに置かれている内線電話が鳴った。
「先に行ってるぞ」
「うん」
短く返事をして、私は急いで電話に出た。
庶務課の新入社員である私と筑摩君は、会議が行われる部屋の準備と後片付けを任されている。
他愛のない仕事でも、彼とだったら楽しい作業だ。
研修で顔を合わせてからなにかと話が盛り上がり、好きな映画や本の趣味も合う。入社から三か月経った今ではすっかり仲良しさんで、筑摩君はちょっと気になる存在である。
……すみません、嘘を吐きました。ちょっとではなく、ものすごく気になっています。だって、彼のことが好きだから。
仲の良い同期という関係は強みであるが、反対に弱みでもあった。気持ちを伝えたところで受け入れてもらえなかったら、非常に気まずいではないか。
同じ会社の同じ部署。仕事をする上で、顔を合わせない訳にはいかないのだから。
それもあって、告白したくても出来なかった。
彼より五分ほど遅れて会議室に到着。
中に入ると、既にパイプ椅子が半分以上片付けられていた。
「小久保はホワイトボードを綺麗にしておいて」
作業の手を止め、筑摩君が指示を出す。
「うん、分かった」
私は大きく頷いて、傍に置いてあったクリーナーを手に取る。
書かれてから時間が経った文字は、ちょっと落ちにくい。丁寧に消していると、「裏面も忘れるなよ」と声がかかった。
「はいはーい」
いつもの調子で答えれば、「こら~、『はい』は一回だろうが~」と、彼が課長のものまねで注意してきた。
あまりに似ていたので、思わず吹き出す。
「そっくりだねぇ!今度、飲み会でみんなに見せてあげなよ!」
「そのつもりで~、猛練習してんだよ~」
「あははっ。ホント、よく似てる」
片想いはちょっぴり切ないけれど、こういったやり取りが出来なくなってしまう方が切ない。
私は湿った気分を吹き飛ばすように大きく息を吐くと、ホワイトボードの上辺に手をかけた。
このホワイトボードは左右辺の真ん中に留め具があり、正面と裏面が回転するタイプ。
「よいしょ」
力を入れてクルリと回転させれば、目の前に現れた裏面には衝撃的な文字が書かれていた。
『小久保が好きだよ 筑摩』
――な、なに、これ……。
クリーナーを握り締めて固まっていると、いつの間にか椅子を片付け終えた彼が、後ろから私を抱き締めてきた。
「それで、返事は?」
さっきまでのお道化た口調ではなく、真剣な声の筑摩君。
「へ、返事って……?」
目の前の文字に釘付けになっている私を強く抱きしめ、筑摩君が耳元で囁いてくる。
「俺のことが好きだとか、誰よりも愛してるとか、喜んでお付き合いしますとか、そういうのだよ」
まるで既に私の気持ちを知っているような口ぶりだ。いや、『ような』ではなく、知っているのだ。
「な……んで……?」
色々な意味での衝撃で、喉がカラカラに乾いている。これまでの人生の中で最大級の事件に、その一言を絞り出すのがやっとだった。
すると筑摩君は、髪から覗く私の耳にソッと唇を押し当ててくる。
柔らかな感触にピクリと肩を震わせれば、「ほら、早く聞かせろよ」と、促してきた。
――そ、そんなの、無理だよぉ……。
自分の気持ちが知られていたという恥ずかしさと、なにより、彼が私を好きだったという事実を消化しきれない状況では、倒れないように踏ん張るだけで精いっぱいなのだ。
いつまで経っても何も言わない私に、筑摩君が再び耳元で囁いてくる。
「じゃあ、俺の言葉に頷くだけでいい。それならできるだろ?」
私は少しためらった後、ぎこちなく頷いた。
彼が小さく息を吸い込み、ゆっくりと告げてくる。
「俺の気持ちは分かってくれたか?」
信じられないという思いはあるものの、筑摩くんはこんな冗談を言うような人じゃないから。
コクン、と首を縦に動かした。
すると、背後の彼がホッとしたように息を漏らす。それから、真剣だけど優しくて甘い声で囁いてきた。
「俺と付き合ってくれ。傍にいてほしいんだ、頼む」
私は自分の心臓がドキドキとうるさく鳴っている音を聞きながら、ゆっくり、それでもはっきりと頷いたのだった。




