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(49)見えないけれど、そこにあるモノ【茶封筒】

同じ会社。同じ部署。同期。気さくな姉御肌ゆえに、「可愛くない」と元彼たちに言われた女性社員と。そんな女性社員とのやり取りを楽しむことが出来る、心の広い男性社員。


「さぁて、あと少しね。よし、頑張るぞ!」

 私は温くなったコーヒーを一気に煽ると、夢中でパソコンのキーボードを叩き始めた。

 この仕事は私の分ではなく、家の事情で急きょ早退することになってしまった後輩が担当しているものだ。

 私は彼女の指導係でもあるので、出来ないわけではない。むしろ、得意な作業である。なので、快く後輩の仕事を引き受けた訳だ。

 こんな風に誰かの代わりに仕事を引き受けることはザラで、よほど畑違いの仕事でなければ二つ返事である。

 ……別に、仕事終わりにデートする彼氏がいないからという理由じゃないからね!仕事で気持ちを紛らわせるほど、そこまで寂しい女じゃないの!

 

 いや、まぁ、彼氏は欲しいのは本音ではあるのだが。前の彼氏と別れて、もう二年になるし。


「でも、我ながらざっくばらんな性格だって自覚あるし、世の中には可愛い女子が溢れているからなぁ」

 私と付き合いたいと思う男性なんて、よほど器が大きい人じゃないと無理だ。元彼と呼べる存在は三人いるが、その誰もが私よりも可憐で可愛い女の子に心を移していった。

 私は料理だってそこそこできるし、繕い物だって好きだ。掃除だって怠らないし、ゴミ捨てもマメな方である。どうにもならないほど女子力が低いとは思えない。

 だが、彼氏と長続きしない敗因はこの性格だろう。


――こうなったら、私は彼氏を捕まえるよりも、将来、面倒を見てくれる嫁を探した方がいいのだろうか。


「……おっと、いけない。余計なことを考えていたら、手が止まっていたよ。あっはっは~♪」

 カラリと笑い飛ばし、入力作業に戻る。

 その時、後方にある扉から誰かが入ってきた。外回りに出ていた同期の男性社員だ。

「お疲れ様~。事故渋滞にハマっちゃうなんて、災難だったね~」

 肩越しに振り返って吉良きら君に労いの声をかけてから、再びキーボードを叩き始める。

「なに?綿貫わたぬき、一人しかいないの?」

 コツコツと靴の音を響かせながら問いかけてくる彼に、

「私以外に誰かいるように見えるんだったら、今すぐ眼科に行ったほうがいいよ。念のために、脳神経外科の受診もね」

 顔を前に向けたまま、私は仕事を進める。

 こんな返し方は、私にとって日常茶飯事。わざと憎まれ口を叩いているのではなく、つい、ポロリと口を衝いてしまうのだ。

 吉良君は何かを言い返すこともなく、小さく苦笑すると自分のデスクに向かった。

 そして引き出しを開けて何やらゴソゴソと作業をした後、こちらにやってきて、私のすぐ横に立つ。

「これ、やるよ」

「ん?」

 手を止めて椅子を九十度回すと、差し出された封筒を受け取った。

 それはどこにでもある茶封筒で、表には私の名前、裏には彼の名前が書いてある。だが、それだけで、厚みも重さも感じない。

 確認のために中を開けてみたものの、やはり何も入っていなかった。

「どういうこと?もう、こっちは忙しいんだから、からかわないでよね。でも、こういう冗談、嫌いじゃないよ~」

 ニコッと笑いかけてから椅子をクルリと回転させ、パソコンに向き合う。

 次の瞬間、背後から吉良君が覆いかぶさってきた。

「俺の気持ちをお前にやる」

 耳元で囁かれる低い声に、ドキリと心臓が跳ねる。

「え?」

 キーボードの数センチ上で、私の手が宙に浮いている。

 ううん、手だけではなく、全身が固まった。

「き、吉良君!?」

 さっきまでの気安い雰囲気は霧散し、私の心臓がバクバクと忙しなく音を立てる。

 なのに、視線を向けた先にいる彼だけは楽しそうにクスクスと笑い、明らかに余裕をみせていた。

「お前のことが好きだって言う俺の気持ちだ。目に見えなくても、確かにあるんだよ」

「……な、な、なに、それっ」

「お前なら、こういう告白が好きそうだなって」

 戸惑う私をよそに、吉良君はニッコリと音が聞こえてきそうなほど、満面の笑みを浮かべてくる。


――ええ、ええ、そうですね!一瞬で心臓が鷲掴みにされましたよ!


 間近で爽やかな笑顔を向けられ、色々な意味で頭がパンクしそうだ。

 そんな私に、彼は追い打ちをかけてくる。

「と、いうことで、今から俺とお前は恋人同士な」

「は?ま、待ってよ、私の返事は!?」

 呆気にとられる私の目を、吉良君が真っ直ぐに見つめてきた。

「必要ない。俺以上に、お前を理解できる心の広い男はいないからな。俺にしとけよ」

「で、で、でも、私は、可愛げとか、あんまりないし……」

 ちゃんと自分のことを分かっている私は、彼の告白に応えることが出来ない。

 社内でも人気のある吉良君だから、きっと、そのうちに私よりも可愛い女性に告白されたりして、そっちに行ってしまうはず。

 モゴモゴと言葉を濁す私に、彼は僅かに目を大きくした。

「そうか?」

 短く零した吉良君がギュッと強く私を抱き締め、こめかみに唇を押し当ててくる。おまけに、チュッというリップ音も付けて。

「う、あ、あぁ……」

 不意打ちに弱い私は、途端に頬も耳も真っ赤に染まり、ヒュッと肩を竦めて小さくなった。

「ほら、すげぇ可愛い」

「か、可愛くないし!」

「俺が可愛いって言ってんだから、素直に頷いておけっての。分かったか?」

 俯いてしばらく黙り込んだ末に、私は極々小さく首を縦に動かした。

「ほら、やっぱり可愛いって」

 

 こうして、あと十分ほどで終わるはずの残業が、なかなか片付かなかったのは仕方のない話であった。


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