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(46)新しい年が始まり、そして、お付き合いも始まった【墨汁】

同じ大学で、同じサークル。身長差あり。年の差は二歳。明るくて、賑やかなことが大好きな三年生の先輩男子と。サークルのマスコット的存在で、みんなから可愛がられている少し引っ込み思案の一年生女子。

「明けましておめでと~」

「今年もよろしくね」

「明けましておめでとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」

 都内の某大学一年である私、天堂てんどう桃子ももこは、もこもこの全身完全防寒スタイルで初詣に臨んだ。

 待ち合わせ場所にいたのは、サークルの先輩たち。全メンバーを合わせても十五人に満たない小ぢんまりとしたサークルだけど、その分、みんなと仲が良い。

 私たちのサークルは、近所の幼稚園や児童館を訪問して、本の読み聞かせ活動をしている。

 サークル自体はほのぼのした雰囲気だけど、三年生の矢治やじ明成あきなり先輩がけっこうアグレッシブで。やれ飲み会だ、やれ遠足だと、折をみては、サークルメンバーを引き連れて出掛けるのである。

 どちらかというと引っ込み思案な私は、そんな矢治先輩を尊敬していた。私だったら、みんなの先頭に立って行動を起こすなんて、百年経っても無理だと思う。

「桃子ちゃん、明けましておめでとうさん」

 矢治先輩は私とは正反対で、すっきりとした出で立ち。黒のトレンチコートに、少し細身のジーンズ。紺のマフラーはあったかそうだけど、帽子も被っていないし、手袋さえ着けていない。

 寒さに強い先輩に感心しつつ、ペコッと頭を下げた。

「明けましておめでとうございます!」

 勢いよくお辞儀をしたら、毛糸の帽子がズルッと脱げそうになった。慌てて手で押さえると、先輩が苦笑を零す。

「今日は一段とフワフワだね。小っちゃくて可愛い桃子ちゃんが全身真っ白だと、雪ウサギみたいだよ。初詣なんかすっぽかして、このまま抱っこして連れて帰りたいなぁ」

「え?」

 驚いて目を見開くと、先輩の後頭部を平手が襲った。

「こら、矢治君!ヘンタイ発言はやめなさい!」

 容赦のない力で平手をお見舞いしたのは、矢治先輩と同じ三年生の安西あんざい恵梨香えりか先輩。面倒見がよくて、とりわけ、私がお世話になっている人だ。一年生は私一人なので、いつも気にかけてくれている。

「いてぇな。安西、なに、すんだよ」

 しかめっ面の矢治先輩が、後頭部を撫で擦る。

「桃ちゃんが引くようなことを言うからでしょ!」

 今にも取っ組み合いが始まりそうな二人の間に、私はなんとか割り込んだ。

「い、いえ、あの、ちょっと驚いただけで、別に引いているわけでは……。私なら、大丈夫です」

 フニャッと笑いかければ、安西先輩が私にガバッと抱き付いた。

「ああ、なんて優しい子なの!桃ちゃんは私の癒しだわ!」

 ひとしきりギュウギュウと抱きしめた後、安西先輩が私の手を取って歩き出す。

「さ、行きましょ。参拝が終ったら、あったかいお汁粉食べようね」

「お汁粉は大好きなので、楽しみです」

 そんな私たちの後ろから、みんなが笑いながらついてくる。これは、私がサークルに入ってからおなじみの光景なので、誰も驚いていない。

「安西の桃ちゃん贔屓は相変わらずだな」

「四年生になっても、就活そっちのけでサークルに顔を出すんじゃねぇの?」

「ありえる~!」

 その話を聞きながら、『私も、そう思います』と、心の中で深く同意したのだった。




 参道は参拝客でごった返していたけれど、先輩たちの鉄壁ガードのおかげで押し潰されることもなく、無事に参拝は終了。

 お汁粉を食べた私たちは、矢治先輩の家にお邪魔することになった。

 ご家族の方たちはそれぞれ用事で出かけているとのこと。まだお昼を過ぎたばかりだというのに、遠慮のない賑やかな宴会が始まる。

 二十歳を過ぎた先輩たちは、すき焼きを突きながらビールやサワーを飲んでいた。

 私は未成年なので、オレンジジュースをちまちま飲んでいる。ちなみに、このオレンジジュースは安西先輩が手絞りしてくれたものだ。本当に、面倒見がいい。

 料理があらかた片付いた頃には、先輩たちの酔いもだいぶ回っていた。

「よーし!正月らしく、羽根つきするぞ!」

 真っ赤な顔をした矢治先輩がスクっと立ち上がる。他の先輩たちも、やろう、やろうと立ち上がる。

「羽子板なんて洒落た物を、矢治君が持ってるの?」

 私の隣で蜜柑の皮を剥いている安西先輩が尋ねると、

「バドミントンのセットがあるから問題ない」

 やたら胸を張って答える矢治先輩。

「そんなことだろうと思わったわ」

 苦笑いを浮かべる安西先輩は蜜柑を一房摘み上げ、私の口元に運んできた。

「はい、あーん」

「え?」

 突然のことに戸惑っている私の目の前で、矢治先輩がその蜜柑を横から奪い去る。そして、蜜柑を私の口に押し込んだ。

 その時、矢治先輩の指先が唇に当たる。

 触れたのはほんの少しだったのに、心臓がドキッと大きく跳ねあがった。

「あ、あ……」

 真っ赤な顔で固まる私を、矢治先輩が抱きしめてきた。

「うわぁ、桃子ちゃん、マジ可愛い!もっと餌付けしたい!」

 グリグリと頭に頬ずりしてくる先輩のことを、安西先輩が蹴飛ばした。

「この、酔っ払い!桃ちゃんから離れなさい!」

 先輩たちのやり取りを、周りの人たちがゲラゲラと笑いながら見ている。

「矢治、さすがにそれはセクハラだろう」

「はいはい、バドミントンするぞ」

 両脇を抱えられ、矢治先輩が連れ出されていった。


 一階のリビングから見える庭で、バドミントンが始まった。

 酔っぱらっているせいで動きがおぼつかず、空振りしたり、転んだり。でも、みんな楽しそうで、見ている私も楽しんでいる。

 そのうちに、矢治先輩がどこかから墨汁と筆を持ってきた。羽根つきではおなじみだ。

 やがて、参加者全員の顔に何かしらが書き込まれてゆく。


「あぁ、もう、無理。足が動かねぇや」

 額に大きく文字を書かれた矢治先輩がリビングに戻ってきた。

 ゴロンと寝そべると、大の字になって寝始めてしまう。


――なにを書かれたんだろう。


 私は先輩の顔をソッと覗き込んで、ピキンと固まった。

「あ、あ、あの、私、これで帰ります!」

「ちょっと、桃ちゃん、どうしたの?帰るには、まだ早いでしょ?」

「すみません、失礼します!」

 安西先輩が引き留めてくるものの、私は慌ててコートを着込み、荷物を手にして矢治先輩の家を飛び出したのだった。




 それ以来、サークルに顔を出せなくなった。

 心配した先輩たちからメールがくるけれど、どうしても足が向かない。


――どうしようかな。サークル、辞めちゃおうかな……。


 初詣から十日が過ぎた。

 講義を終えた私が一人で廊下をトボトボと歩いていると、ものすごい勢いで近づいてくる足音を聞こえてくる。

 不思議に思って振り向くと、矢治先輩がこっちに向かって走っていた。

 咄嗟にバッグを胸に抱きしめて走り出す私。

 だけど、あっという間に追いつかれ、先輩に手首を掴まれた。

「桃子ちゃん、どうして俺を避けるの?」

「いえ、別に、避けてなんか……」

「嘘だ!あれからサークル部屋に顔を出さないし、電話を掛けても出てくれないし。それに、さっきだって、俺の顔を見た途端に逃げ出したよね?」

「に、逃げていません。急ぎの用事を思い出したので……」

「ふぅん。用事ってなに?」

「先輩に言う程の用事では……」


 そんな押し問答をしていたところに、「桃子ちゃん、見つけた!」という声が割って入る。

 現れたのは、矢治先輩と仲が良くて、いつもサークルを盛り上げてくれる先輩の一人だった。

「初詣の時の写真、出来たんだよ。あげるね」

「は、はい。ありがとうございます」

 差し出された写真を受け取る横で、矢治先輩が少し不機嫌になった。

「俺、もらってないけど」

「そうだっけ?悪い、悪い。矢治の分はサークル部屋に置いてあるはずだから、後で渡すよ」

 そう言って、先輩は私たちに手を振って去って行ってしまう。

 その場に矢治先輩と二人きりにされて、すごく落ち着かない。今すぐ帰りたいのに、矢治先輩はそれを許してくれない雰囲気だ。

 ジリジリと後ずさりしているうちに、背中が壁にぶつかってしまった。

 身を守る盾のようにバッグを抱き締める私を、背の高い先輩が尚も追いつめる。 

「桃子ちゃん。俺の質問に答えてもらってないよ。どうして俺を避けてるの?」

「で、ですから、そんなつもりは……」

 うまい言い訳が思いつかず、私は時間稼ぎとして写真に視線を落とした。

 そして、目に入った写真に唖然となる。

 不思議なことに、その写真を見た矢治先輩も唖然となった。

「こ、これ……」

 ジワジワと先輩の顔が赤くなる。私の顔は、とっくに真っ赤だ。

 その写真というのは、床に転がって寝ている矢治先輩が写っていて。先輩の額には『桃子ちゃんが大好きです』と、はっきり書いてあった。

「わ、私、失礼します!」

 先輩をかわして走り出そうとしたけれど、すぐに掴まってしまった。

 手首を大きな手で掴まれた私はどうすることも出来ず、先輩に背中を向けて俯くしかできない。

 しばらくしてから、先輩が短く息を吐いた。

「もしかして、安西の家でこれを見たから、俺を避けているの?」

「す、すみません。冗談だって分かっているんですけど、なんか恥かしくて。だから、矢治先輩の顔が見られなくて……」

 モゴモゴと説明すれば、手首をグイッと引っ張られる。

 よろけた私の肩を先輩が掴んでクルリと反転させると、正面から抱き締めてきた。

「冗談じゃないから!」

「えっ?」

「桃子ちゃんが好きだってこと、冗談じゃないから!」

「そんな、でも……」

 オロオロと視線を彷徨わせていれば、ふいに先輩がハッとなる。

「そうか、これだったのか!」

「はい?」

 思わず見上げた先では、矢治先輩が困った様に笑っていた。

「俺が桃子ちゃんに片想いしているのを、アイツらは知ってるんだよ。でも、なかなか俺が告白しないから、きっかけを作ってやろうって考えたんだと思う。初詣以来、アイツらが事あるごとに、『どうなってるんだ~?』なんてニヤニヤしながら訊いてくるから、どうも変だと思ってたんだよ。まさか、こんなことになっていたとは……」

 もう一度短く息を吐いた先輩の表情が、とても真剣なものに変わった。

「天堂桃子さん。あなたが好きです。どうか、俺と付き合ってください」

「ええっ!」

 顔だけではなくて耳も首も真っ赤にして叫ぶ私を見て、矢治先輩が強く抱きしめてくる。

「やばい!桃子ちゃんが可愛すぎて、俺の理性が吹っ飛びそう!」


「……その前に、私がアンタを吹っ飛ばしてやるわ!」


 いつの間にか現れた安西先輩が鬼の形相で矢治先輩を睨み、ポキポキと豪快に指を鳴らしていた。




 こうして、私は矢治先輩と付き合うようになったのである。

 先輩は私のことを片時も離そうとしないため、安西先輩と矢治先輩が私を取り合うバトルはいっそう激化していったのだった。





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