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(42)さて、どっち?【ルーズリーフ】

同じ会社、同じ部署。身長差あり。年の差は一歳。穏やかで面倒見がいいものの、ちょっとだけ思い込みが激しい男性社員と。食べることが大好きな小動物系女性社員。


 高いビルが立ち並ぶ都会にも、季節は同じく廻ってくる。

 多少気付きにくくとも、確かに秋は訪れていた。


 初秋の昼下がり。社員食堂は、いつものように賑わっている。

 食事を堪能している者、食事を終えてのんびりしている者など、それぞれが思い思いに過ごしていた。

 とりわけ女性の姿が多いのは、どこの会社でもなじみの光景だろう。

 昼食を終えた女性社員たちは、午後の仕事が始まるギリギリの時間まで、おしゃべりを楽しんでいる。

 その中でも、同期の仲良し五人組は一段と楽しげな声を上げていた。

 彼女たちのうちの一人が、ふいに表情を曇らせる。

「えー。みんな、Bなの?」

 がっかりした声を上げているのは、広報部に所属している竜崎りゅうざきすみれだった。

 童顔な彼女は成人しているかどうかといった見た目であるが、入社して三年目の二十五才である。

 愛らしい笑顔と真っ直ぐな性格で友人に恵まれているものの、残念ながら、今は恋人には恵まれていない。

 色気より食い気といったタイプなので、そのことに関して、本人もさほど気にしている様子はなかった。

 その菫が何やら残念そうに唇を尖らせていると、左隣にいる女性が彼女の頭を優しく撫でる。

「偶然にも、そうみたいね。菫は?」

「私はAだけど」

 面白くないといった表情で呟く菫に、右隣に座っている女性と、正面に座っている二人の女性が苦笑い。

「別にいいじゃない。AでもBでも」

「たまたま、そうなっただけなんだしさ。そんなことで膨れないでよ」

「ほら。これあげるから、機嫌直して」

 菫は友人が差し出したキャンデーを口に放り込む。

「でもさぁ、私だけ仲間外れにされたみたいでさぁ。私の他にAがいないなんて……」

 口の中で丸いキャンディーを転がしながら、ブツブツと呟く菫。

「仲間外れになんて、する訳ないでしょ」

「そうだよ、本当に偶然なんだって」

 優しく慰められるものの、菫の唇は尖ったまま。

「ああ、もう、しょうがないなぁ。今夜は、菫の大好きなラーメンを奢ってあげるから、それで機嫌直しなさいよ」

 五人組の中でも一番姉御肌の女性が、苦笑まじりに提案した。

 すると、菫の顔がパァッと華やぐ。

「本当!?チャーシューを特盛にしてもいい?」

「はいはい、いいわよ。煮卵もメンマも、好きなだけ乗せなさい」

「やった」

 密かにはしゃぐ彼女の様子を、四人は少し呆れつつも、穏やかな視線で眺めていたのだった。




 仕事が一段落した午後三時過ぎ、菫は飲み物を買おうと一人で廊下を歩いていた。

 その彼女を追いかけるように、後からついてくる男性社員の姿が。

 彼は菫と同じく広報部に所属している寺島てらしまはじめで、年齢は菫より一つ上である。

 その寺島が、自販機のコイン投入口に百円玉を入れようとしていた菫に声をかけた。

「竜崎」

 手を止めて振り返った菫は、不思議そうに見遣る。

「何でしょうか?」

 キョトンとした表情で首を傾げると、彼女の肩に寺島の大きな手がガシッと置かれた。

 背が高い彼の手は、身長に見合った大きさだ。小柄な菫の肩など、簡単に掴める。

 だが、その手はとても優しくて、菫は戸惑いを思えるものの恐怖はまったく感じていなかった。

 それに、寺島はとても面倒見がいい先輩で、おっちょこちょいなところがある菫のことを、いつだってさりげなくフォローしてくれているのだ。

 そんな彼に割と懐いている菫は、大人しく寺島が口を開くのを待っている。

 僅かに視線を彷徨わせた後、自分より十五センチほど下にある目を見詰めながら寺島が言った。

「……あのさ、俺もAなんだ」

 唐突に切り出され、菫はパチクリと瞬きを繰り返す。

 あどけない彼女の様子に寺島は少し頬を赤らめながら、なおも話を続ける。

「他の人たちはBなんだってな。寂しそうにしてたけど、俺がいるから大丈夫だよ」

 フワリと微笑む寺島。お姉様な女性社員たちの間では癒し系と言われている彼の笑顔は、とても和やかなものだ。

 だが、今は少しばかり緊張しているようにも感じ取れる。

 いつもと違う彼の表情と言われたセリフの内容に、菫は大きく首を傾げた。

「はい?」

 唖然とする彼女に、寺島は畳みかけるように早口で言葉を紡ぐ。

「向こうに行ったら、ずっと一緒にいような。水族館とか、バーベキューとか、すげぇ楽しみ。ははっ、なんかデートみたいだな。っていうか、俺的にはデートって思いたいんだけど」

 矢継ぎ早に告げられる言葉に立ち尽くしていた菫だが、しばらくしてから、やたらと照れくさそうに笑っている寺島に問いかけた。

「何の話ですか?」

 心底不思議そうな声の彼女に、寺島はいっそう楽し気に微笑んでくる。

「今度の社員旅行の話だよ。早く行きたいよなぁ」

 それに対し、菫は困った様に眉を寄せた。

「どうして、今、その話をしてくるんですか?」

 彼女の様子に、浮かれていた寺島が徐々にトーンダウン。

「だって、竜崎たちが社員食堂で話していたじゃないか。お前以外の人がB日程だって知って、寂しそうにしていただろ?そうだよな?」


 この会社では福利厚生の一環として、十月の週末を使って社員旅行が予定されている。

 おのおのの都合に合わせて、第一土曜、日曜。第二土曜、日曜、といった日程に参加できることになっていて、一番早くに出発するグループはA日程。最後のグループはD日程となっているのだった。

 通りすがりに彼女たちの話をチラリと耳にしただけの寺島は、てっきり社員旅行の話をしているのだと思ったのだが……。


「あ、あの、私たち、学生時代に使っていたルーズリーフで、A罫けいとB罫のどっちだったっていう話をしていたんですけど……」

 オズオズと説明をする菫に、グワッと顔を赤く染めてその場にうずくまる。

「うわぁ、俺の早とちりかよ!メチャクチャかっこわりぃ!」

 頭を抱えて騒ぐ寺島。だが、すぐさま立ち上がって、再び菫の肩を掴んだ。

「デートって話は冗談じゃないから!竜崎が好きだから、デートしたいって思ってたんだ!竜崎、俺と付き合ってくれ!」

「せ、先輩!?」

 日頃はおっとりしている菫も、ストレートな告白には大慌て。

「いやいやいやっ!私が好きとか、先輩、本気で言ってます!私!?えー、本当に私!?この私を?この私が?私って、どこの私さん!?」

 支離滅裂な発言を繰り返す菫を、寺島が思わずといった風に抱きしめる。

「慌ててる竜崎って、すげぇ可愛い!」

「はぁっ!?先輩、頭、大丈夫ですか!?変な物を拾って食べませんでした!?」

 だいぶ失礼なことを言ってくるが、寺島はまったく気にならないらしい。

「ぜんぜん大丈夫!……ああ、でも、竜崎が可愛すぎて、悶絶死しそうだ」


 そんなことを言われた菫の方が、恥ずかしさで死にそうになっていたのだった。


●皆様、ご存じとは思いますが、一応補足として。


罫線けいせんけいともいい、ノートや便箋などに引かれた、揃えて書く事を助けることを目的とした線のことです。


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