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(39)小さいけれど、威力絶大な告白。【虫メガネ】

同じ会社。同じ部署。同期入社の二人。身長差は頭一つ分といったところ。

ストレス解消として米粒アートにどっぷりハマり、お誘いの言葉にまったく気が付かない少々ボンヤリした女性と。

そんな女性に、いい加減しびれを切らした長身美形の男性(かなり不器用)。


「部長、おはようございます!始業前で恐縮ですが、こちらを見てください!」

 出社早々、私、藤代ふじしろあかねは、我が総務部の部長に駆け寄った。

 バッグの中から『ある物』を取り出し、部長の前にズバッと突き出す。

「私の自信作です!」

「おお、そうか!どれどれ」

 部長は私が差し出した小さな小さなプラスチックケースを受け取ると、引きだしを開けて虫メガネを取り出した。

 そして、プラスチックケースをしげしげと眺める。正確には、ケース内に敷かれた脱脂綿の上に載っている物を眺めているのだ。

「はな……、『花』か。藤代君、頑張ったじゃないか!ついに二文字だな!」

 顔を上げた部長が、笑顔で私をたたえてくれた。

「そうなんです!もう、嬉しくって、嬉しくって。これは是非とも、朝一番で部長に報告しようかと」

「うん、うん。なかなかの出来栄えだ。この調子で頑張りたまえ」

「ありがとうございます!頑張ります!」

 こんな私たちのやり取りを、同僚たちは苦笑を浮かべて見守っていた。


 それもそのはず。私が部長に差し出したのは、仕事には全く関係のない米粒だから。




 私は今、米粒に文字を書くことにハマっている。

 もともと、部長が趣味で米粒に文字や絵を描いていて。話のタネにと、三ヶ月前の飲み会の席で見せてくれたのだ。

 同僚たちはそれほどの反応をみせなかったが、私は『米に字を書こうとして無心になっていると、ストレス解消になるんだ』という部長の言葉に惹かれた。

 その頃は入社三年目の私に責任重大な仕事が回ってきて、精神的にかなり不安定だった。

 リラックス効果のあるグッズやマッサージを片っ端から試してみたものの、さっぱり効果は見られず。私はどんどんドツボにハマっていってしまったのだ。

 そんな時、藁にも縋るつもりで始めたのが、部長おススメの米粒アート。

 これが意外なほど自分にピッタリだった。

 小さな米粒に文字を書くことだけに集中していると、何もかも忘れることが出来る。

 そして作品が完成すると、安堵のため息とともに心の中に積もっていたモヤモヤも吐き出されていく感じなのだ。

 私が単純なだけかもしれないが、米粒アートは今や大切なストレス解消法となっているのである。


 これまでは一文字書くことでやっとだったけれど、ついに、昨夜は二文字に成功した。もちろん、気分はスッキリした。

 そして、その成果を部長が褒めてくれた。

 本当は仕事で褒められるべきなのだろうが、そのおかげで仕事に対するモチベーションも上がるのだから、部長だって喜んでくれているはずだ。

 無事、部長に報告を終えてホクホクした顔で自分の席に戻る。

 そんな私に、同期入社の浦野うらの翔太しょうたが話しかけてきた。

「藤代。また、米か?」

 呆れた表情を隠しもしない彼は、私が手にしていたプラスチックケースをサッと奪い取る。

「ふーん、米粒アートねぇ。米は、やっぱり食ってナンボのもんだろ」

 そのケースを奪い返し、大事に手の平で包み込んだ。

「別にいいでしょ。私は好きでやっているの」

 部長への点数稼ぎではなく、自分のためにやっていることだから、部長も一緒になって喜んでくれているのだ。

 これがゴマすりかどうかなんて、人生経験が豊富な部長ならすぐに見抜くはず。

「浦野君。自分が不器用だからって、妬まないでくれる?」

 長身な彼をチロリと睨み上げれば、なぜか焦った様に言い返してくる。

「ち、ちげぇよ!俺は、そんなつもりじゃねぇし!確かに不器用だけど、そこまで心が狭い男じゃねぇし!誤解すんな!」

 細身な上に、顔立ちが整っているため、繊細な印象を与えてくる浦野君。

 ところが実はかなり大胆で、本当に男前の性格をしている。……大胆、男前とは物は言いようで、彼は自他ともに認める不器用さん。不可抗力の破壊行動により、再起不能に追い込まれた備品は数知れず。

 しかし、手先は不器用でも仕事がバリバリできるので、社内ではけっこうな人気者だった。

「そう?」

 追及する話題でもないので、私は短く返事をしただけでその場を収めることにした。

 プラスチックケースをバッグへと仕舞い、自分の席に戻ろうとしたところで、浦野君に左肩を掴まれた。

「なに?」

 首を傾げると、彼はモゴモゴと口を動かしながら、歯切れ悪く告げてくる。

「ええと、その……。今日、仕事が終ったら暇か?」

「は?」

 パチクリと瞬きを繰り返していると、右肩も掴まれた。

「この前、焼き鳥が食いたいって言ってただろ。いい店を先輩から教えてもらったから、一緒に行かないか?」

 僅かに上体を傾け、グッと私を覗きこむ浦野君。

 なにやら彼は必死だし、そのお誘いは鶏肉好きの私にとっては非常に嬉しいものだが、どうも答えを渋ってしまう。

「んー、でもなぁ。やっと調子が上がってきたところだから、二文字に慣れておきたいんだよね」

 ポツリと漏らした途端、ガクガクと肩を揺さぶられた。

「また、米粒アートの話か!この前も、そのまた前も、俺の誘いを断ったよな?」

「だってさ、せっかく感覚を掴みかけたんだから、忘れないうちにおさらいしないと」

 私の言葉に、苦虫を噛み潰したような顔をして見せる浦野君。

 そんな時、部長から声をかけられた。

「藤代君、さっき言い忘れたことがあるんだが。今夜、米粒アート同好会のメンバーが集まるんだ。よかったら、君も参加しないか?」

「是非、ご一緒させてください!」

 私はクルリと振り返ることで浦野君の拘束から逃れ、そして、目を輝かせて即答した。


 浦野君がさらに苦虫を噛み潰したような顔で見ていたとも知らずに。 




 それから数日が経ち、私は相も変わらず米粒アートでストレス解消する日々だ。

 すっかり二文字はクリアし、今は文字の横に小さな花や水玉模様を書き入れられるほどになっていた。

 お昼休み。

 食事を終えた私は席に戻ってくるなり、プラスチックケースの中にある新作米粒を眺め、ニコニコと満足げな笑みを浮かべている。

「うふふ~♪我ながら、これは傑作だわ。ふふ~ん♪」

 自分の成長ぶりが嬉しくて、思わずハミングも出てしまう。

 部長も私の成長を喜んでくれた。

 近いうちにまた米粒アート同好会の集まりがあると言っていた部長に、『これはいい出来だから、みんなに見せてやれ』と、太鼓判も押してもらえた。

「この調子で、次は三文字に挑戦だ!もっと、もっと頑張るぞ!」

 密かに意欲を燃やしていると、いきなり右肩をガシッと掴まれた。

「ひゃっ!」

 咄嗟に振り返れば、そこには難しい顔をした浦野君が。

「ど、どうしたの?」

 ギョッとした顔で彼を見上げていると、ズイッと何かが差し出された。

 それは私が持っているプラスチックケースよりも大ぶりなもので、脱脂綿の上には十二粒のお米が並んでいる。

「あれ?浦野君も米粒アート始めたんだ。じゃ、今度、同好会の集まりに行ってみる?」

 ヘラリと笑って誘えば、さらにケースを押し付けられた。

「いいから、読め」

「ん?分かった」

 私は素直に受け取る。

 これが映画やコンサートのチケットだったら、一瞥しただけで突き返しただろう。だって、今の私には米粒アート以上に癒しになるものがないのだから。


――そっか。浦野君も興味を持ってくれたんだ。


 部長以外にも米粒アートの良さを分かってくれる人が現れて、私としてはすごく嬉しい。

 やっぱり部長は自分の上司だし、師匠でもあるから、気安く接することはできないのだ。それが気軽に話せる浦野君相手となれば、一緒に楽しさを分かち合えるではないか。

 私は興味津々でケースの中を覗き込む。

 不慣れな上に不器用な彼が書いた文字は結構いびつで、正直、読みにくかった。


――初心者はこんなものよね。私も、最初は酷かったし。


 彼には気付かれないようにコッソリ笑みを零すと、「じっくり見たいから」と言って、引き出しの中から虫メガネを取り出す。

 それから、改めてお米に書かれている文字を読んでみたのだが……。



 

 こ め よ り お れ を み ろ す き だ


 一文字追うごとに、私の顔が徐々に赤くなっていった。




『米より俺を見ろ 好きだ』

 米粒に書かれた小さな告白は、私の心臓を大きく揺さぶる。

「え?あの、これ……」

 顔どころか、耳まで真っ赤に染めた私は、そばに立つ浦野君を見上げた。

 すると彼は、私の髪を大きな手でくしゃりと掻き混ぜてくる。

「やっと分かったか?」

 ちょっと乱暴だけど、でも、すごく優しい温もり。呆然としたまま、コクンと頷く。

 まさか、こんな告白をされるとは。

 ううん、浦野君が私を好きだったことに驚いた。密かに彼を思い続けてきた私の片想いは、一生通じないと思っていたのに……。

 ドキドキと暴れる心臓を抑えようと、数回、深呼吸を繰り返す。

 どうにか話せる程度にまで落ち着いてから、ゆっくり口を開いた。

「えっと、私の気持ちはお米に書くべき?」

 完全にはパニックが収まっていなかったようで、思わず、そんなことを言ってしまった。

 すると浦野君はプッと吹き出し、またくしゃりと私の髪を掻き混ぜる。

「今、ここで言えばいいだろ。……ていうか、待てないから、すぐに聞かせろ。もちろん、イエスだろうな?」

「な、なに、それ!」


 こんな私たちのやり取りを、数日前のように、同僚たちが苦笑を浮かべて見守っている。

 

「あいつら、やっとくっつきそうだな」

「ホント、長かったわよねぇ。藤代さん、鈍すぎよ」

「いや。浦野の押しも足りなかったぞ」

「まぁ、いいじゃない。これで、ようやくカップル成立ね」


 やたらと生温かい視線や、楽しそうに囁き合う声。

 真っ赤になってオロオロする私は、彼らの様子にまったく気付いていなかったのだった。


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