(33)あなたに染められて【赤いクレヨン】
社会人同士でイトコ同士。職場は別。年の差は三歳。身長差。穏やかで面倒見がいいお兄さんタイプの男性と(意外と大胆なところあり)。ほんわかマイペースで、自分に向けられる想いに気が付かないおっとりした女性。
父方の実家は、某県の山間にある。
父は大学入学を機に家を出て、結婚後も東京に住んでいた。
その家から祖父母宅まで、高速道路を使っても三時間ほどかかること。学生時代も社会人になってからもそれなりに忙しく、おいそれと時間が空かないこと。
そんな理由で、なかなか訪れることはできなかった。
それでも、お盆とお正月くらいは家族そろって祖父と祖母に会いに行くことが、我が家の恒例行事である。
今年の夏も両親、私、大学生の弟に高校生の妹というフルメンバーで、祖父母の家にお邪魔していた。
この時期は県外に住む他の親戚も里帰りしていることもあり、家の中は人で溢れ返っている。
父親の兄夫婦が祖父母と暮らしているけれど、やはり、親戚一同が集まるとその賑やかさは一気に膨れ上がる。
まして、祖父母にとってのひ孫たちが家の中で駆けまわっているのだから、賑やかどころか騒々しいとも言える。
それでも誰も怒らない。『危ないから、走るのはやめなさい』と、やんわり窘める程度で、その騒がしい空気さえも微笑ましい様子で見守っていた。
そんな大らかな雰囲気は、日々、都会で仕事に追われる私にはありがたい。
「やっぱり、ここは落ち着くなぁ」
庭に面した縁側に座って足をブラブラさせながら、大きな口を開けて西瓜を頬張る。ちょっと行儀が悪いけれど、ププッと種を吹き出すのも、ここでなくては出来ないことだ。
夢中になって種を飛ばしていると、ポンッと頭を叩かれた。
「今回は、美奈代が先に来てたんだな」
後ろに振り仰ぐと、私より三つ年上のイトコが立っている。
「康ちゃん、お帰りなさい」
私がニコッと笑いかけると、彼はもう一度私の頭をポンと叩いて隣に腰を下ろした。
この人は山崎康太さんといって、父の兄の息子さん。今は東京に出て仕事をしている。
小さい頃から兄のように慕っていて、いつも康ちゃんの後にくっついていた。彼も面倒くさがることもなく、私の面倒を見てくれていた。
そんな優しい康ちゃんにいつしか恋心が芽生えたのは、ごく自然の成り行き。
だけど、彼は私のことは妹としか思っていないのだろう。
優しい時間が壊されるくらいなら、自分の想いを閉じ込めておいてしまった方がいいと考え、私はいつでも『親戚の女の子』として振る舞ってきた。
東京の私と山間に住む康ちゃんとの間で電話やメールのやりとりがあっても、それは兄と妹としてのものだ。
自分の恋心を、彼に知られてはいけない。
それはなかなか大変なことだったが、康ちゃんと気まずくなることを考えたら我慢できた。
ところが、人生は何が起きるか分からないもので……。
去年の春のこと。
都内の会社に就職が決まり、そのお祝いをするということで家族と食事をしていた時のことだ。
なんと、そのレストランに、大きな花束を持った康ちゃんが登場したのだ。
「な、なんでここに?」
予想外のことに、思わず手が止まる。
そんな私に、彼は花束を差し出した。
「美奈代の就職祝い。それと、交際宣言のため」
「はいっ!?」
ぎょっと目を瞠る私。少し緊張した面持ちの康ちゃん。そんな私たちをニヤニヤと見つめる両親と弟妹。
「こ、こ、交際宣言?」
「ああ。このままじゃ、いつまで経っても俺たちの関係が変わらないからな。美奈代の就職を機に、思い切って。ちなみに、美奈代以外はこのことを知っていたから」
「え?え?」
私は差し出された花束と康ちゃんの顔、そして家族の顔を忙しなく見遣る。
「康太君が相手なら、安心だな」
「そうね。美奈代にはもったいないくらい」
「姉ちゃん。康太兄ちゃんの気持ちを全然分かってないんだもんなぁ。鈍いにも程があるよ」
「確かに。まぁ、お姉ちゃんは自分の想いが周りにバレてるってことも分かってないくらだからね。康太お兄ちゃんの気持ちを知らなくてもしょうがないんじゃない?」
と、父、母、弟、妹が順に口を開く。相変わらずニヤニヤしたままで。
――え?え?康ちゃんの気持ち?私の想い?
状況が呑み込めない私は、目の前に立つ康ちゃんを涙目で見上げた。
すると彼は、少しだけ前屈みになって優しく微笑みかけてくる。
「それで、美奈代は?」
「わ、私?」
「俺と付き合ってくれる?こっちで仕事をすることになったから、寂しがり屋の美奈代を泣かせたりしないよ」
蕩けそうなほど甘い笑顔で囁かれ、私は家族が見守る中で号泣した。
と、まぁ、ずっと好きだった康ちゃんとお付き合いできるようになったのである。
彼も普段は仕事が忙しく、なかなか実家に帰ってくることは難しいらしいが、まとまった休みが取れたら、こうして里帰りしている。
東京でも一緒にいることが多いのに、ここで隣同士に座るのはちょっと特別な感じだ。縁側に並んで一緒に西瓜を食べているのも、それだけでなんだかくすぐったい。
他愛のない話をしているうちに、子供たちの声がいつの間にかやんでいた。どうやら、彼らは遊び疲れてお昼寝でもしているのだろう。
座敷を見れば、そこかしこにおもちゃが散乱している。
私と康ちゃんは、どちらともなく片付けを始めた。
「あれ?赤がない」
私は十二色入りのクレヨンのセットを揃えていたのだが、赤だけが見当たらない。
「別の部屋にあるんじゃないか?」
康ちゃんが座敷を出たので、私も捜索開始。
順番に部屋を見て回ると、やがて一番奥の部屋の畳の上に、赤いクレヨンが転がっているのを見つけた。
「よし、これで全部そろった」
クレヨンを箱に収めたところで、私はあることを思い出してクスリと笑みを零す。
「どうした?」
すぐ横にいる康ちゃんが不思議そうな顔で私を見る。
「あのね、赤いクレヨンにちょっとした思い出があるんだ」
「へぇ。どんな?」
彼に問われ、私はクレヨンの箱を撫でながら話し始めた。
「幼稚園の頃、母親の口紅にすっごく憧れていたの。あの真っ赤な口紅をつけたら、すぐ大人になれるんじゃないかって。でも、親の化粧道具を勝手にいじったら怒られるし」
「それで、クレヨンを口紅の代わりにしたっていうのか」
康ちゃんの相槌に、苦笑いを返す。
「そうなの。でも、クレヨンって肌いついたら意外と落ちないのよね。結局、母親に怒られたなって思い出したら、なんだか笑えてきちゃって」
クスクス笑う私に、康ちゃんがズイッと近寄ってきた。
「口紅もクレヨンも使わないで、唇を赤くする方法を教えてやろうか?」
「え?」
背の高い彼を見上げた瞬間、唇が勢いよく塞がれる。
康ちゃんは私が身動き取れないほどギュッと抱きしめ、こちらの唇を舐めて、吸いついて、甘がみして……。
散々キスをされて、ようやく解放された私は、軽く息が上がってしまったほどだ。
「な、なに、いきなり……」
オロオロしている私へと手を伸ばし、康ちゃんが唇を指でソッとなぞる。
「うん、いい色。綺麗に赤く染まったな」
そのセリフに、私は顔も耳も真っ赤に染めたのだった。




