(32)二つのしおり【栞(しおり)】
同じ会社、同じ部署。年は男性、女性共に二十四才。身長差。体格差。
元ラガーマンで、体格がいい男性(笑顔が可愛い)。人より少しだけ体が弱く、読書が趣味の女性。
小さい頃から少しだけ体が弱く、体育の授業も時折休むことがあった。
そんな私は友達と泥だらけになって遊んだり、校庭を使っての鬼ごっこなどしたことはなかった。
年月が経つにつれて徐々に体は丈夫になっていったものの、相変わらず、私は時間さえあれば本を読んでいる。
社会人二年目の今でも、私の手が届く範囲には常に本があった。
本好きの趣味から派生して、やがて本に挟む栞を手作りするようになった。
様々な色の和紙や薄手の布を下地として使い、そこに押し花や千代紙を散らしていく。最後にラミネートをかけて、上部に空けた穴にリボンを通せば出来上がりだ。
休みの日の過ごし方は、もっぱら本を読むか、栞を作っているか。
二十四にもなってこんな時間の過ごし方をしている私のことは、傍から見れば寂しいものかもしれない。
そうは言っても、私自身は満足している。それに恋人がいないから、時間の使い方が他にないのだ。
こんな風に休日のたびに作っていれば、当然、数も溜まってゆく。
とはいえ、作った栞すべてを使うことはない。
私は一冊読み終えてから次の本へと移るため、自分用の栞は一枚あれば足りてしまうのだ。
綺麗に仕上がった栞は額縁にでも入れて飾れば部屋のインテリアとしても使えるだろうが、やはり、栞は本に挟んでこそ役目を果たす。
ということで、私は作り貯めた栞を職場で配ることにした。
同僚たちは私ほど本を読む趣味はないものの、手帳に挟んだり、仕事の資料に挟んだりなど、あれこれ活用してくれている。役に立てて何よりだ。
そして、週明けの月曜日。いつものように数枚の栞を持って出勤。
お昼休みともなれば、私の趣味を知っている同僚たちがワラワラと寄ってくる。
今となっては、他の部署の人たちも私の栞を心待ちにしてくれているらしい。嬉しい限りである。
「八木さん。新作の栞、見せてくれる?」
「うん、どうぞ」
仲良しの同僚に声をかけられ、バッグの中からいそいそと栞たちを取り出した。それを見やすいように、デスクの上に広げてゆく。
「わぁ、今回も綺麗に仕上がってるね」
「ホント、ホント。水色とクリーム色の和紙の栞、すごく素敵」
「私はこっちの方が好きだなぁ。この押し花、いい色だね」
みんなは栞を手にしながら、あれこれと感想を述べてくれる。それを聞いているだけで、私は満足感でいっぱいだ。
「どれでも好きなのを持って行って」
「ありがとう。あ、これ。お礼のチョコ」
「私からはクッキーね」
彼女たちは私にお菓子を手渡すと、『私はこれ』、『こっちも捨てがたいなぁ』などと言いながら選んでゆく。
楽しげな姿を眺めていれば、ちょんちょんと肩を突つかれた。
何事だろうかと振り返ると、同じ部署に所属している日高正春君が立っていた。
大学ではラグビーをしていたという彼の見た目は、立派な肩幅と逞しい腕によってかなり厳ついものだ。
そんな彼は、笑うと左頬にだけエクボができる。
なので、一見すると怖い印象の日高君ではあるものの、片頬エクボのおかげでその雰囲気が絶妙に中和されていた。
私はどちらかというと会社内では目立たない部類だが、彼は分け隔てなく、親しく接してくれる。
「どうしたの?」
頭一つ半は背の高い彼を前にしても怖がることなく、私は声をかける。
すると日高君は少しだけ口ごもり、
「……ちょっと、いいかな」
と返してきた。
促されるままに彼の後を歩き、人がいない廊下の突き当りまでやってくる。
こんなところに連れて来て、いったい、なんの用だろうか。
――もしかして、日高君も栞が欲しかったとか。
私のデスクに集まっていたのは、全員女性。栞が欲しいとは言い出しにくかったのだろう。
――意外と文学青年なんだ。普段はどんな本を読んでるのかな。
そんな事を考えていると、彼が意を決したように口を開いた。
「俺……、『しおり』が欲しいんだ。いいかな?」
凛々しい顔立ちをうっすらと赤く染め、日高君が私をじっと見つめる。
もちろん、私に異論はなかった。是非とも、手作りの栞を活用してもらいたい。
「はい」
ニコッと笑って答えたら、なぜかいきなり抱き締められた。
「な、な、な、なんで!?」
日高君とは正反対の肉付きの薄い体が、彼の腕の中で大きく跳ねる。
だけど、逞しい腕はその程度では揺るがなかった。それどころか、いっそうきつく抱き締められる。
「待って、待って!日高君、落ち着いてよ!」
「俺は落ち着いてる」
パニック状態の私がワーワー喚いても、彼は体勢を変えない。
「で、でも、この状況、おかしいから!」
「おかしくないだろ。ちゃんと返事はもらったし」
穏やかな口調で告げる彼は、私の髪に頬ずりしてきた。
ああ、もう、意味が分からない!
「はぁ!?返事って、なに!?」
「さっき、『しおり』が欲しいって言ったら、『はい』って言ったよな?」
「ええ、言いました!言いましたとも!だけどそれは、手作りした栞のことでしょ?どうして私を抱き締めたりするの!?」
そこで、彼はようやく腕を解いた。
そして私の細っこい肩に肉厚な手の平を置き、顔を寄せてくる。
「俺はその『栞』じゃなくて、『八木詩織』が欲しいって言ったんだよ」
――まさかの『しおり』違い!
「う、う、う、嘘ーーーーー!」
真っ赤な顔で絶叫する私に、日高君は苦笑しながら軽く睨んできた。
「俺の告白を嘘なんかにするな」
「だって、だって!」
「ああ、もう。いいから、落ち着け。あんまり叫んでると、みんなが何事かと思って寄ってくるぞ。まぁ、俺としてはお前との仲を見せびらかす、いい機会だけどな」
次のお休みの日は、読書と栞作り以外で時間を使うこととなったのであった。




