表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/73

(29)消せない想い【修正テープ】

とある地方の小さな会社。同じ部署の先輩と後輩。年の差は二歳。身長差、体格差あり。面倒見がよくて、声が素敵な男性社員と、あがり症で、告白に踏み切れないやや内気な女性社員。


「みんな、注目!」

 お昼休みが終わる直前。

 先日行われた寿退社の女性を祝う食事会で幹事をしてくれた先輩の女性社員が、大きな紙を片手に室内へと入ってきた。

「今回も、いい写真がいっぱいありますよー。希望者は、いつものように名前を書いてくださーい」

 先輩が掲示板に貼り出したのは、沢山の写真が並べられている模造紙だ。

 今時、こんなやり方をするのは少しばかり時代遅れかもしれないが、地方の小さな会社である我が社には年配の社員も多く、全体的にアナログな感じ。

 スマートフォンやパソコンでのデータやり取りがうまく出来ないおじ様たちのために、こうしてイベント時に撮影した写真をプリントアウトしているのだ。もちろん、希望者にはデータでも貰えるけれど。

 さっそく数人の社員が掲示板へと集まる。

 私も人垣の隙間から、写真をソッと覗き見た。

 どの写真も楽しそうで、みんな弾けるようないい笑顔だ。

 チラチラと写真全体を眺めている振りをして、私はあの人の写真を探す。


――あった……。


 沢山の人に囲まれて、いかにも楽しそうに笑っている男性の写真。

 それは、密かに憧れている二つ上の先輩。

 背が高くて肩幅も広くて、きりっとした眉の下にある目は切れ長。初めて見た時には、威圧感しか覚えなかった。

 それでも一緒に仕事をしていくうちに、面倒見の良さと、明るい笑顔と、そして、耳に心地いい低音の声を持つ先輩に、いつの間にか恋をしていた。

 自分の気持ちを打ち明ける勇気もなく、それ以前に、仕事の報告でも普通の会話でも、緊張してどもってばかりなのだ。告白しようものなら、舌を噛みまくって出血多量になる予感が。

 いつまで経ってもアワアワとしている私を笑うことなく、どんな時でも、先輩は大きな手で私の頭をワシワシと撫で回す。

「落ち着け。最後まで話は聞いてやるから」

 そう言って、何度も私の頭を撫で回すのだ。

 先輩からすれば、私は手のかかる妹のようなものなのだろう。

 他の人よりも親しく接してくれることが嬉しくもあり、妹という恋愛対象外の立場が寂しくもあり。

 そんな想いを抱え続けるうちに、段々と苦しさが胸に募るようになっていった。




 終業後。皆は既に帰宅していた。

 私は明日の朝一で提出する書類に手間取り、ただいま残業中である。

 ひっそりとした室内に、パソコンのキーボードを打つ音が小さく響く。

 その音が三十分ほど続いたのち、私は大きく息を吐いた。

「はぁ、終わったぁ」

 データの保存を終え、肩を回してコリをほぐす。

「さてと、帰りますか」

 手早く帰り支度を済ませ、自分のデスクから離れる。

 その時、掲示板の写真たちに目が行った。

 昼休みには時間がなくて、欲しい写真に名前を書くことができなかった。今なら私しかいないので、誰に気兼ねすることなく、ゆっくり写真を眺めることができる。

 掲示板に歩み寄り、改めて写真を見た。

 写真の下の空きスペースには、既に沢山の名前が記入されている。

 私が目を奪われた先輩の写真の下にも、名前がいくつも並んでいた。特に女性社員の名前が目立つ。

 それもそのはず。彼はとても人気者で、独身の女性社員たちから想いを寄せられているのだ。

「今回も、たくさん名前があるなぁ」

 その写真に吸い寄せられるように近づき、クスリと苦笑い。

 私はそばに置かれていたペンを手に取り、自分の名前を書き足した。

「こんなにたくさん名前があるんだから、私が欲しがってもおかしくないよね」

 もちろんその写真には先輩が写っているけれど、退職された女性社員も写っている。だから変な勘ぐりをされることもないだろう。

 書かれた名前を見て満足げに息を吐いたところで、ふと、冷静になる自分がいた。


――この写真を手に入れて、どうするの?


 写真の中の先輩を眺めて、叶わない片想いに涙する自分の姿が浮かんだ。見ていられるだけで満足できないと、もう一人の自分が囁きかける。

 しかし、この気持ちを先輩に告げることは出来そうにない。

 勇気を振り絞って告白したとして、それが失敗に終わったら、私はもう、この職場には顔を出せないだろう。

 告白しないうちから失敗することを考えるなんて馬鹿げているかもしれないが、快活という言葉が似合う先輩とは対極にいる私なのだ。

 先輩の好みは聞いたことはないけれど、たぶん、私のような女性は選ばない。


 ならば、私にはこの写真は不要ではないだろうか。

 私に必要なのは、先輩への想いを消し去る決断ではないだろうか。

 

 その写真に目をやった私は、自分のデスクに戻った。

 そして修正テープを手に取って再び掲示板に向かうと、先程書いた自分の名前を一思いに消した。

 何ともやりきれない想いが、胸の中で転がってゆく。

 私は手にしている修正テープをジッと見つめた。

「こんな風に、先輩への想いを消してしまえたら楽になれるのに……」

 誰に聞かせることもない呟きを漏らした瞬間、

「なんで消したんだ?」

 聞き間違えることのない声を耳にした。

 突然かけられた声に驚いてしまい、振り返ることさえもできない。

 その場で固まっていると、足音がゆっくりと近づいてくる。

「なぁ、どうして消したんだ?」

 ギクシャクと体を動かしてどうにか振り向くと、先輩が一歩離れた位置にまで来ていた。

「ずっとその写真を見てたよな?間違えて名前を書いたって訳じゃなさそうだし、だったら、名前を消したのはどうしてだ?」

「それは……」

 一瞬だけ先輩を見上げ、すぐさま視線を落とす。

 私たちの間に、重苦しい沈黙が流れた。


 ややあって、先輩はクスッと笑う。

「まぁ、いいか。それより、俺に言うことがあるんじゃないのか?」

「え?」

 その問いかけに、思わず顔を上げた。

 頭を高速回転させ、先輩の言葉を考える。


――先輩に言うことってなんだろう。今日の報告は定時前に全部済ませたはずだし、仕事で分からないこともなかったし。


 そこでハッとなった。

「あっ。明日提出する書類、無事に終わりました!」

 そうだ、そうだった。先輩は私の仕事が終わるまで、他の用事を済ませつつ待っていてくれたのだ。

「ですから、先輩も帰宅してください!報告が遅くなりまして、すみませんでした」

 ペコリと頭を下げれば、

「……そうじゃないんだけどな」

 苦笑が降ってきた。

「はい?」

 顔を上げた私は、大きく首を捻る。それ以外に先輩へ話すことなどあっただろうか。

 難しい顔をして首を何度も捻る私に、先輩はプッと吹き出してから、大きな手でワシッと私の頭を掴んできた。

「俺の写真、もういらないのか?」

「あ、あの、それは……」

 本人を目の前に『いらない』と言えば、かなり失礼だろう。

 だが、この状態で『欲しい』と言ってしまえば、変に思われるかもしれない。私の気持ちを知られることは避けなくては。

「言いたくない?」

 どこか楽しそうに尋ねてくる先輩に、私は言葉を返すことが出来なかった。


 またしても訪れる沈黙。そして、その沈黙を破ったのもまた、先輩だった。

「こうやって、言わせようとするのもズルいか……」


――ズルいって、なんのこと?


 パチクリと瞬きをする私に、先輩がニコッと笑う。

「俺の写真は、もういらないんだよな?」

 そう言われてしまえば、なにやら非常に惜しい気がする。

 心の中で一人葛藤しつづけていると、先輩がギュッと私を抱き締めてきた。

「はい!?」

 突然の抱擁にギクリと固まれば、

「俺がそばにいれば、写真なんかいらないだろ?」

 優しくて魅力的な声が耳に流れ込んでくる。

 しかし、その内容はあまりに衝撃的で、ちっとも理解できそうにない。

「え!?あ、あの、それは……」

 ドギマギしながら先輩に声をかけると、額にチュッとキスをされる。

「好きだよ。俺と付き合って」


――う、嘘でしょ!?


 予想だにしなかったキスと告白によって、私の意識はプツンと途絶えたのだった。





【おまけ:その後の二人】


 ふと目を覚ました私は、見覚えのない部屋のベッドに上着を脱がされた状態で寝かされていた。

「えと、ここは……」

 横になったままグルリと視線を巡らせると、先輩が今日着ていたスーツが壁にかけられているのが見える。

 なんと!私が気絶しているうちに、先輩は一人暮らししている自分の部屋に私を連れ帰ったのか!

 先輩は体格がいいし、私は結構小柄な部類に入るから、運び込むのは難しくなかっただろう。

 とは言え、先輩の部屋って!? 

 ガバッと起き上がれば、そのタイミングで先輩が入ってきた。

「なんだよ。もう、起きたのかよ」

 仕事用のスーツから部屋着に着替えを済ませていた先輩が、面白くなさそうに口を曲げながらこちらにやってくる。

 なぜ、先輩は不機嫌なのだろうか。

 ソッと首を傾げると、先輩はベッドに片膝を乗せ、私へと上体を傾けてきた。

「目を覚ますのは、恋人にキスをされてからってのが、お約束だろ?」

「がふっ」

 先輩の言葉に、思わず喉を詰まらせた。


――恋愛の経験値がそれほど高くない私に、そんなことを言わないでください……。


 色気の欠片もなく吹き出した私に先輩は苦笑を漏らすと、大きな手でボンヤリしている私の頬を包んだ。

「まぁ、順番はどうでもいいか」

 艶っぽく囁いた先輩は、やんわりと私の唇に自分の唇を重ねてくる。

 ビクッと体を跳ね上げた私を、逃がさないとばかりに、片腕で動きを封じてくる先輩。

 

 訳が分からないまま先輩に何度もキスをされ、私はまた気絶した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ