(28)癒されるどころか、心臓が破裂しそうです!【緑のボールペン】
同じ会社の同じ部署同士。年の差は二歳。ニッコリ笑顔で、突拍子もないことを強引に迫る男性社員と、甥っ子と緑のペンをこよなく愛するほんわか女子社員。
とある会社の昼休み。
OL五年目の私は、自分の席でお弁当を食べ終えた後、スマートフォンを片手にのんびり紅茶を飲んでいた。
「あ、お姉ちゃんからメールが来てる」
受信ボックスを開いて内容を確認すると、三日後に長男を連れて実家に遊びに来るとのこと。
「わぁ、裕也くんに会うのは久しぶりだなぁ。大きくなったかなぁ」
結婚して隣の市に引っ越した五歳上の姉は、義兄さんが出張となると戻ってくる。
現在三歳になったばかりの裕也君は、腕白盛りだけど寂しがり屋。だから、義兄さんが家を空けると、とたんに元気がなくなってしまうのだ。
それなら泊まりにおいでと、裕也君が歩けるようになった頃、父と母が姉に話をした。
父も母も、孫に会えるとなって大喜び。
そういう理由で、数ヶ月に一度、姉と裕也君が泊まりに来るようになったのである。
前回、二人が来たのは五ヶ月前。
とっくに三十を過ぎた姉はもう変わらないだろうが、成長の早い子供との再会は楽しみだ。
「よし、この日は絶対に残業しないで帰るぞ」
私は日ごろ持ち歩いている手帳に、『姉&裕也君 お泊り』と、緑色のボールペンで書き込む。
次いで、デスク上に置いてある小さなカレンダーに、姉たちが来る日を同じボールペンでグリグリと丸く印を付けた。
隣の席で雑誌を読んでいた同僚が、そんな私の行動を苦笑しながら見ている。
「美沙は、相変わらず緑のペンを使っているのね」
「だって、好きなんだもん。緑って、なんか落ち着くし」
デスクの上に観葉植物を置くと邪魔になるから、目に入る範囲のメモは、すべてこの緑のボールペンを使っている。
引き出しの中には、ボールペンのスペアとともに、緑の水性ペンと油性マジックも常備していた。
「ま、癒し効果のある色だってことは、前々から知られているしね。分からないでもないけど、そんなになんでもかんでも緑で書き込まなくてもいいんじゃない?」
ますます苦笑を深める同僚に、少し唇を尖らせる。
「仕事中はちゃんと黒のボールペンを使っているから、別にいいでしょ」
「はいはい、分かりましたよ」
そんな会話をしているところを、二年先輩である男性社員が通りかかった。
「岡野、そんなに緑が好きなのか?」
私のデスク上をぐるりと見回した先輩が、なにやら楽しそうに声を掛けてくる。
それに対して、にっこりと笑みを返した。
「はい、大好きですよ。いいですよねぇ、緑って」
私がこう言うと、大抵は『分かる、分かる!』と同意してくれる人と、『え~、そうかなぁ』と首を傾げる人に分かれるものだが。
先輩から返ってきたセリフは。
「じゃぁ、俺と結婚しろよ」
という、いまだかつて耳にしたことのないものだった。
「は?」
目を大きく開いて固まっていれば、先輩の大きな手が肩に乗ってくる。
「そうしたら、お前の大好きな“緑”が苗字に入るぞ」
ニンマリと口角を上げる先輩の顔をぼんやり見つめる私。
「緑川先輩……」
「ということで。今夜は親睦を深めるために、俺とデートだな」
言ったとたん、肩に乗せられている手にググッと力が入る。なんなの、この『逃がさないぞオーラ』は!
先輩のセリフと態度に驚いた私は、ひたすら瞬きを繰り返す。
すると、精悍な顔が十センチの距離まで近づいてきた。
「返事はハイかイエス、どっちでもいいから」
――それじゃ、結果は同じじゃないですか!
そして、終業後。
先輩に返事のしようがなかった私は有無を言わさず連れ出され、事情を知っていたらしい同僚にニヤニヤと生温かい目で見送られたのだった。




