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(23)ちょうどいい関係【瞬間接着剤】

 同じ会社の同僚。女性の年齢は二十五才。男性の年齢は詳しく設定しませんが、イメージとしては三つほど年上くらいかと。

 

 穏やかで普段動じることのない男性社員と、少しおっちょこちょいで慌てん坊の女性社員。


 お昼休みも残すところ、あと十五分。

 私は強力な瞬間接着剤を左手に、陶器のかけらを右手に持って、修復作業に当たっていた。

 なんて言うと大げさだけど、単に自分が使っているマグカップについている猫のモチーフが欠けてしまい、それを直しているところである。

 欠けたといっても尻尾の先だけ。十分使えるし、お気に入りだから、捨てるに忍びなくて修復しているわけなのだが。

 これがなかなか思うようにいかない。

 人差し指と親指でつまんだ尻尾のかけらは本当に小さくて、接着剤を持つ手が震えている。

 この接着剤は一瞬でピタリとくっついて、しかも一度くっついたら剥がれないという優れものだった。

 しかし、その分、指に付いてしまったら大変である。


――でも、一瞬でくっついて、その後は離れないなんていいなぁ。私とあの人も、接着剤でくっつけられたらいいのに……。


 私は接着剤の容器を見ながら、秘かに憧れている男性社員の顔を思い浮かべる。

 なんてボンヤリしていたら接着剤が思った以上にたくさん出てしまい、かけらを摘まむ指に垂れていた。

 慌てて指を開くが人差し指と親指が離れることはなく、しかも、尻尾のかけらまでガッチリくっ付いている状態。

「あっ、どうしよう!取れない!」

 焦る私は冷静な判断ができず、椅子に座ったまま『どうしよう、どうしよう……』とひたすら繰り返すばかり。


 そこに、一人の男性社員が歩み寄ってきた。

「心配しないで。剥離剤を持ってきたから、大丈夫だよ」

 その人は私の右手をやんわりと掴み、接着剤が垂れてしまった部分に剥離剤を丁寧に塗りこむ。

 待つこと、しばし。

「そろそろいいかな。指、動かしてみて」

 彼の言葉に従って人差し指と親指をソッと開けば、無事に解放。

「ああ、よかったぁ」

 心の底から安堵した次の瞬間、ハッと我に返る。

「す、す、杉浦さん!?」

 私のピンチを救ってくれたのは、私が憧れている人だった。

 二十五歳にもなって、私は何たる醜態を晒してしまったのか。剥離剤を使えば、こんなに大慌てすることもなかったのに。

 片思いしている杉浦さんに助けてもらえたのはラッキーだけど、自分の情けないところを存分に披露してしまったのはアンラッキー。

 いやいや、落ち込んでいる場合じゃない。助けてくれた彼に、お礼を言わなくては。

「あ、あの、ありがとうございました。すみません、なんか焦っちゃって」

 苦笑いを浮かべ、横に立つ杉浦さんを見上げる。

 彼はいつだって穏やかで、焦ったところや声を荒げているところを見たことがなかった。

「杉浦さんは、いつも冷静ですね。私も杉浦さんを見習ってもっと落ち着いて行動したいんですけど、これがなかなか……」

 さらに苦笑いを深めると、彼はポンと私の頭を軽く叩く。

「じゃあさ。慌てん坊の君と落ち着いている僕がくっついたら、ちょうどいいんじゃない?」

 そう言った彼はグッと上体を倒し、私の顔を覗き込んできた。

「え?それって、どういうことでしょうか?」

 ギョッと目を瞠って見つめ返せば、杉浦さんがクスリと笑みを深める。

「僕と付き合ってほしいと言ってるんだよ。答えは『ハイ』か『イエス』のどちらかしか受け付けないから」


――どちらかって言われても、どっちも同じ意味ですよね?


 ニコニコと笑う彼の顔を見上げたまま、あんぐりと口を開けて呆ける私。

 言葉が出ない私の手から、杉浦さんは接着剤を奪い去った。そして大きな手が私の左手をガシッと掴む。

「早く答えないと、僕の右手と君の左手をこの接着剤で付けちゃうよ。それでもいいかな?」

 満面の笑顔で容器を軽く振って見せる彼に、私はブルブルと首を横に振った。

「はぁ!?だ、だ、だ、だ、駄目ですよ!」


――え?ちょっと待って。私、杉浦さんに交際を申し込まれてるの?どうして!?


 何が何だが分からなくなってきた。

 混乱して慌てふためく私に、杉浦さんは尚も笑顔で迫る。

「だったら早く答えて。ハイ?イエス?どっち?」




 その後、やっとのことで私の口から出てきた言葉が『ハフィエ……』という意味不明のものだったが、

「ハイとイエスを同時に言えるなんて、凄い特技だね。じゃ、晴れて恋人同士ってことで、これからよろしく」

 と、すさまじく良い笑顔で押し切られ、私たちはお付き合いすることとなった。

 そしてあれよあれよという間に結婚し、子供が生まれ、今となっては夫婦仲良く共白髪。

 

 瞬間接着剤がきっかけでお付き合いを始めた私たちは、永遠に離れることはなかったのである。


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