(15)秘密のアドバイス?【暗記用シート】
舞台は公立中学校。教師同士。歳の差は五歳。
穏やかな人柄と整った顔立ちで生徒たちに大人気の男性教師(世界史担当)と、明るく元気で頑張り屋の新米女性教師(日本史担当)
*みやこが中学生の時は平日に授業参観が行われましたので、作中もその日程で授業参観を行います。
今は違うのでしょうか?
また、カリキュラムなども、みやこの学生時代とは差異があるかもしれません。中学一年生で日本史の授業がなかったらごめんなさい。
夕暮れ時を過ぎた今、窓の外が薄暗くなり、少し肌寒さも感じる。
それでも私は手を止めることなく、作業に没頭していた。
明後日の金曜日は、授業参観なのだ。中学一年生の彼らと同じく、教師一年生の私が初めて親御さんたちに授業を披露するのだ。
まだまだ若くて不慣れな私だから親御さんたちに心配されそうだけど、ここはビシッと授業を進める姿を見てもらい、安心して子供たちを学校に預けてほしいと思う。
そのためには入念な準備が必要だ。
私は授業で使う教科書を何度も読み込み、大事なポイントを赤いペンで塗りつぶした後、緑の透明シートをかざしながら内容を暗記する。
教科書を見てはいけないということではないのだが、内容をきちんと覚えて生徒たちの顔を見ながら授業を進めた方が、『出来る先生』という感じがするではないか。
黙々と暗記を進めていれば、時刻はすでに十八時。校内には生徒の姿はとっくになく、ほとんどの先生たちも帰宅していた。
静かになった職員室では、私が教科書を捲る音だけが静かに響く。
すると、そこに一人の男性が現れた。
「まだ、頑張っているんですか?」
そう言って声を掛けて来てくれたのは、憧れの土田輝臣先生。
彼は私と違って世界史を担当していて、受験を控えた三年生ために折を見て補講を行っている。
私と五歳しか変わらないのに、その落ちついた雰囲気がものすごい安心感を与えてくれる。おかげで、彼の授業は生徒たちに大人気だ。
土田先生の優しい声に、私はほぅっと息を吐く。本当に癒される。
「お疲れ様です。金曜日には、いよいよ本番ですからね。いくら準備しても、足りないような気がして」
苦笑いを浮かべれば、眼鏡の奥の瞳がフワリ細められた。
「川島先生はまじめで一生懸命ですから、きっと保護者にもその熱意は伝わりますよ」
その微笑みに、私の心臓がトクトクと速くなる。
なんだって、こんな公立の中学校に彼のような美青年教師がいるのだろうか。
思春期真っ盛りの女の子たちは、土田先生の姿を見てキャーキャーとはしゃぎ、そして胸をときめかせている。
かく言う私も、密かにときめいていたりする。
でも、私は不純な動機ではないんです。教師としてだけではなく、一人の人間としても立派な土田先生を尊敬しているだけなんです。
……すみません、嘘をつきました。結構本気で土田先生を好きだったりします。
とはいえ同じ学校内で恋愛するのは何となく御法度の雰囲気があるし、何より、こんなに素敵な土田先生が独り身であるはずはないのだ。
彼女がいるという話も聞かないし、土田先生の家庭のことも話題に上らないので、本当のところは分からない。
だが、正面切ってそういう話をするのは、「学校」というある種独特な空間ゆえに憚られるうえに、年下の私からそんな話題を切り出すことも出来ない。
私はこちらに歩み寄ってくる土田先生の左手を、こっそりと窺い見た。
そこに結婚指輪はないけれど、勤務中は外しているのかもしれない。
この学校に着任して三か月が経つが、彼に恋人がいるのか、はたまた既婚者なのか、いっこうに分からないまま。
いつだって気にはなるものの、現状ではどうすることも出来ない。
今の段階では私の想いは胸にしまっておいて、こうして話すことが出来た喜びを密かに噛みしめるだけで十分だ。
土田先生に会えたことでやたらと緩みそうになる頬を引き締め、ちょっとだけ微笑み返す。
すると土田先生は私のすぐそばまでやってきて、ひょいっと手元を覗きこんできた。
「ああ。その緑のシート、懐かしいですね。学生時代には、僕もよく使いましたよ」
「土田先生もでしたか。色々な暗記法を試したんですが、私もこれが一番性にあっているみたいで」
何気ないところに共通点を見つけて、少し嬉しくなる。これだけで頑張れそうだと思う私は、何てお手軽なのだろうか。
そんな自分に苦笑していると、上着のポケットに入れていた携帯電話が着信を告げて震えだした。
「あ、母から。少々失礼します」
土田先生に軽く頭を下げて、私は廊下に出た。
母との通話を済ませたのちに職員室に戻ると、土田先生が私の席に座って何かを書き込んでいる。
「どうされました?」
「川島先生を応援する僕から、ちょっとした宿題を。時間があるときにでも、目を通してください」
そう言って、土田先生は自分の席に置いてあったバッグを手にすると「お先に」と帰って行った。
「宿題かぁ、なんだろう。土田先生のアドバイスなら、きっと役に立つことだよね。相変わらず、面倒見がいい人だなぁ」
私は開いていた教科書の右下にある書き込みに視線を落とす。
そこには、ところどころが赤いペンに塗りつぶされている虫食い分があった。緑のシートが載っている今の状態では、何が書いてあるのかさっぱり分からない。
「んー、なになに。『明後日の授業参観、無事に○○したら、○○○として○○を○○から、○と○○○して。万が一、結果に○○いかなかったとしても、その時は優しく○○○あげるから、やっぱり○と○○○して』って、どういうことかな?」
どんなに首を捻っても答えが分からない。
「ああ、ダメだ。土田先生、降参です!」
私は緑のシートをバッと取り去った。
そして、そこに現れた文章は。
明後日の授業参観、無事に『成功』したら、『お祝い』として『食事』を『奢る』から、『僕』と『デート』して。万が一、結果に『納得』いかなかったとしても、その時は優しく『慰めて』あげるから、やっぱり『僕』と『デート』して。
「な、な、なに、これ⁉デート?デートって、土田先生が、私と⁉ええっーーーーー!」
驚き過ぎて、思わず絶叫してしまった。
私は何度も何度も文章に目を通すが、そこに書かれた文字は変わらずにそこにある。
教科書を握り締めた私は、その場にヘナヘナと座り込んだのだった。




