エレベーター
これは怖い話というか、不思議な話なんだ。
思い出すたびに首を捻りたくなる、そんな話。
もし、君が明確な答えをくれたらのなら、お礼をしたいくらいだ。
***
あれは高校二年の時だ。そうそう、二年に上がったばかりの時だ。
俺は自転車で学校に通っていたのだが、片道四十分となかなかの距離だった。
なんでそんな遠い学校にしたかって? 少しでも身体を鍛えたかったからだよ。
でね、朝練が六時だったんだ。移動時間が四十分だから、逆算すると午前四時台には起床しなくちゃならない計算だ。いま考えたら、ホント、良くやったよね。
さて、単刀直入に言おう。その通学中にハイ〇ースに轢かれた。いや、撥ねられたんだ。
轢かれんのと撥ねられる違いを教えてやろうか?
轢かれる……車両などの下敷きにされる。
撥ねられる……車両などで弾き飛ばされる。
どっちがマシかは予後によるな。まぁ、いま、こうしてパソコンの前で駄文を書き散らしているくらいだ。お陰さまで元気だよ。
ただ、俺をハ〇エースで撥ねちゃったオッサンが言うには、どうやら俺は二分ほど意識が無かったらしい。だから念の為ってことで、二泊三日の検査入院にご招待されてしまった。面倒くさい事この上ない。
看護師さんがカワイイ以外、入院生活には刺激が無い。
入院初日、すなわち撥ねられた当日には、警察が来たりハイエ〇スのオッサンが来たり家族が来たり担任が来たり彼女が来たり友だちが来たり部活の仲間が来たりMRI撮ったりレントゲン撮ったり脳波取ったり心電図取ったり血液採ったり尿採ったりと色々忙しかったが、二日目はヒマだった。
ハ〇エースのオッサンが手加減してくれたのか、幸いにも擦り傷・打撲以外には目立った外傷も無く、おおよそ健康体の高校二年生は時間と体力を持て余したワケだ。夜だって消灯時間に寝られるハズも無い。
硬くて寝心地の悪いベッドの上でゴロンゴロンしながら妄想に浸っていた俺は、なんか無性にオレンジジュースが飲みたくなった。一階の自販機に紙パックのがあったな。暇つぶしも兼ねて買いに行くことにした。
俺の病室は最上階の五階。階段は面倒だ。エレベーターのボタンを押すと、「1」の表示ランプが「2」、「3」と上がってきて、「5」で止まり、エレベーターのドアが開いた。
コンパネの丸い「1」のボタンを押すとエレベーターが下がり始めた。ゴゥンゴゥンというモーター音以外には何も聞こえない。……深夜で病院でエレベーターで一人。俺は何も考えない事にした。
当然、怖いことも何も起きること無くエレベーターは一階に到着した。
受付カウンターだけは妙に明るかったが、消灯後のロビーは薄暗く、俺以外には誰もいない。薄闇に浮かび上がる様な自動販売機まで歩き、俺は目当てのオレンジジュースを買った。
早速、紙パックにストローをぶっ刺して、チューチューしながらエレベーターのボタンを押すと、ドアはすぐに開いた。すると、エレベーターの中には白髪の婆ちゃんが一人、乗っていた。俺は軽く会釈してからエレベータに乗り込んだ。
オレンジジュースを味わいながら軽く「5」のボタンを押し、流れで「閉じる」のボタンを押す。
ゴゥンゴォンというモーター音と共にエレベーターは俺と婆ちゃんを乗せて昇って行く。
――待てよ、何かおかしくないか。
五階に到着し、エレベーターのドアが開いた。
俺は絶対に振り向かないようにして小走りで自室に戻った。鳥肌が収まらない。
エレベータは一階に止まっていたはずだ。そして、ロビーには誰も……。