Prelude Ⅱ
「ごめんなさい」涙を流して自分を抱きしめる母に、ユリは謝る事しか出来なかった。
音信不通になってしまった事への謝罪じゃなかった。今まで、自分がどうやって生活していたかの事への謝罪だった。
貧しいながら、森に捨てられる子供の面倒を一生懸命見る孤児院の母。人様の物を盗んで良いなどと言う教育をしているわけではない。
金を稼ぐため、母に楽な暮らしをして欲しいがため、その教えを破って盗みを働いていた事への罪悪感が一気に溢れ出していた。
怒られるのを覚悟しつつ、ユリは今まであったことを正直に話した。
泣きながら、それでもしっかりと自分の話を聞いてくれる母に、ユリは何度も何度も謝った。
「ユリ。ごめんね、ごめんね」話をしていると、母の方が謝った。
「自分の子供に生活を心配させるなんて……ひどい母親ね。ごめんね」そう言って何度も謝った。
ユリは嬉しくて仕方なかった。母の気持ちが。
孤児院では、兄弟も母もみんな他人だ。血の繋がりはない。だけど、誰もがみんな思いやり、家族のように大切に思っている。
だが、一人旅に出た後は違った。友達と思っていた人にも裏切られた。自分の為には平気で他人を蹴落とす人たちがいっぱいいた。いつからかユリは血の繋がりがないと信頼できないんだと思うようになっていた。
でも、ここは違う。今孤児院には五人の子供がいて、その子供達みんなが母を思いやり、兄弟を思いやっている。
血の繋がりなんて関係なかった。貧しくても大切なものがここにはある。
そして出て行った後も、娘と思い、心配してくれる母がいる。自分はなんて馬鹿だったんだろう。
外へ出てお金を稼ぐ事がすべてじゃなかった。ここに留まり、母の助けをするべきだった。
自由にならない身となって初めて、ここでこのまま生活したい。と思った。
「このままここで暮らそう。帰っておいで」そう言ってくれる母が嬉しかった。すぐにその胸に飛び込んでいっぱい泣きたかった。泣いて、また笑いたかった。
でも、今の自分にそれは許されない。
冥界の王カリスト・ヴィーは非情な男だ。死者の神。悪魔……とも言われている。
ユリがカリストに必要とされている事は事実で、信用もされている。だがもし、それを裏切るようなら、何をされるか分からない。
ユリが必要だから、ユリ自身を殺す事はなくても、他者に対してはわからない。それこそ母を人質に取れるかも知れない。そんな事は絶対に嫌だった。
ユリさえ大人しく言う事を聞いていれば、他には何も問題がないのだ。
「お母さん。私ね、好きな人が出来たの。今その人と一緒に住んでいるのよ」口からでまかせだった。他になんて言えば母が納得してくれるか分からなかったからだ。
母はとても驚いたが、すぐに祝福してくれた。
「それじゃ、引き止めるのは酷だね。今度は是非その方と一緒に帰ってきてね」笑顔でそう言う母を見て、涙が零れそうになる。
でも我慢しなくては。自分で招いた事。いつになるか分からないけど、今度は本当に帰ってくるから。そしてその時は、本当に本当の事を話すから。
ユリは精一杯の笑顔で町を後にした。