King Ⅲ
「この町にはないわよ。って言うか、私が行ったどんな町にもなかった……。初めてだったもの、こんなに輝いているのは」ユリはそう言って眩しそうに目を細めた。
カリストは手の平に持っている魔石を見ながら首をひねる。
「とても光っては見えんがな」
「そりゃーね。私にしか見えないんじゃないの? なぜだかなんて聞かれても困るわよ。私にだってわかんないんだから」
「……波長が似て、容姿が似て……変わった力を持っている……。まさか、な……」魔石を袋にしまいながらカリストはひとり言を言った。
「何? なんて言ったの?」声が小さくてユリには聞こえなかったようで、怪訝そうにカリストを見ている。
「なんでもない。ちょっとした……考え事だ」そう言ってカリストは首を振ると、そのまま無言になってしまった。
再び居心地悪くなり、ユリも沈黙する。
変な事を言い出され、動揺でいつもの自分に戻って相手とも普通に話していたが、思えば相手のことを何も知らなかった。
何をしているのか。なぜこんな魔石を持っているのか。そしてなぜ魔石を探しているのか。冷静になって考えれば考えるほど、得体の知れない相手だ。
こんなに素晴らしい魔石を持っているのだから、かなりの実力の異生を倒した事になる。と言うかユリが今まで一度も見たこともないほどの魔石。それを核にしていた異生とはどんなに恐ろしいものか想像も出来ない。
そもそもそんな異生を人の力で倒す事が出来るのか……。
異生を倒す事を職業としているハンターの事をユリは一般の人よりわかっているつもりだ。実際魔石を盗む相手はハンターなのだから。
だから美しい魔石を持っているハンターはやはり隙がなく、ユリでは盗む事が出来ない、と何度も諦めた事もある。
だが、この相手は簡単に盗めた。
盗んだときの状況など、正直あまり覚えてはなかった。獲物に夢中になると、自然と体が動き自然と目的を達成している。いつもそんな状況なので、ユリにどうやって盗んだかと言う明確な記憶はない。
今回は、隙がなく盗めない! と言う様な危険信号は働かず、あっさりと手中に収めていた。それが魔石を実際に見た途端危険信号が働いたのだが……。
なのでこのカリストと言う男がハンターとしての実力者とは思えなかった。だが、自分の様に他人から魔石を奪ったとも思えない。
同業者は見るだけですぐわかる。それもユリの本能的なもので、勘が働くのだ。
魔石を所持しているような輩を相手にしながら、今まで一度も捕まった事がなかったのはその本能的な勘のおかげだった。
「本当、下手打った……なんでかなぁ……」心の声がつい実際に口から出る。
慌てて口を押さえてカリストの方を盗み見ると、カリストはしっかりユリの方を見ていた。
ユリの心臓が飛び上がった。急に胸を鷲掴みにされたように苦しくなる。
慌てて目を逸らしたが、カリストの顔が頭から離れてくれなかった。
とても哀しそうで……苦しそうで……泣き出しそうで。でも優しい瞳で……少し笑っていた。
今までの笑顔とは全然違う。今までずっとユリに話しかけるときはすごく笑ってた。楽しそうに、からかう様に……でも奥の見えない冷たそうな目で。
だが先ほどの顔は、瞳は奥が見えて……その奥は優しくて哀しくて切なくて温かい。そんな目だった。
「……取り合えず、場所を変えるか。素晴らしい能力を持った相手とも出会えたし、今回は有意義だった。戻れば簡単に見つかるかも知れないな」ユリはカリストのその声で我に返る。
「も、戻るってどこに? まさかあなたの家……?」
「……心配するな、取って食いはしない。お前には魔石探しと言う仕事をしてもらう」そう言ったカリストの瞳はいつもの冷たそうな目に戻っていて、それでも笑顔だ。
正直薄気味悪くて、絶対に嫌だ! と言いたかったが、ユリに拒否権はない。
「……本当に、何もしないわよね?」
「信用ないな? 心配するな。俺にも好みはある。それほど自分がいい女だと思っているのか?」
「なっ!? ……そ、そう言うわけじゃないけど、私は女で、あんたは男のわけだし。密室で二人っきりってのは……」
「なかなか堅いな。面白い。だが問題ない」
「……そこまで言うなら……。でも、もし私に何かしようとしたら……」
「しようとしたら?」
「舌噛んで死んでやる!」ユリがそう言い切るとカリストは声を出して笑った。軽やかな笑い声だった。瞳の奥も本当に笑っている様だ。
堅い本気の決意を声を出して笑われたのは癪だったが、ユリは少し安心した。
得体の知れない相手ではある。魔石を探している目的も、魔石を所持した経緯もまったく分からない。だが、きっと、悪い人ではない。そんな勘が働いた。
何か、とても哀しい事を抱えている。そしてそれを打破する為必死でいる。そんな勘が働いた。
自慢じゃないが、やはり本能的な勘で人を見る目があったユリは、ちょっとだけ安心した。
「納得した所で、早速飛ぶか」カリストはそう言うと、地面まで届く妖しげな黒いマントを開きユリを抱き寄せる。
「ちょ!」言った先から! と文句を言おうと口を開いたが、激しい衝撃に襲われ、口も目も閉じてしまった。
そして、目を開けた時にはまったく別の場所にいた。
カリストはすぐにユリを放すと目の前にあった簡素な椅子に座る。
「……て、転移するならするって言ってよ!」放された後動けずその場に座り込んでしまったユリは文句を言う。
「言っただろう。飛ぶか、と」
「…………」睨み殺してやりたい。とカリストに明確な殺意をユリはつい向けてしまった。
転移をしたのは今回でまだ三回目だ。まだ十分に慣れているとは言えない。
転移とはその名の通り、魔法の力で別の所へ移動する事だ。どんなに優れた法使いでも衝撃なく転移する事は出来ない。
その衝撃は痛いわけではない。急激に気圧が変化したような、重力が何倍にもなったような、そんな息苦しさを感じる。慣れれば気にせず転移する事が出来るのだが、慣れていない人にはかなりの衝撃がはしる。
何より自分で転移する場合は身構える事も出来るが、誰かに付いて飛ぶ場合、急だと失神する人もいる。
その為、誰かと一緒に転移する場合は普通相手にしっかりと告知するものだ。
ユリは肩で息をしながら、どうにか整える。そしてうずくまりながらも周囲を見渡した。
家とは思えなかった。ひたすら広い空間。周りには窓も壁らしきものさえない。あるのはカリストが座っている椅子だけ。いや、その横に妖しげな姿見が一つ立っている。
明かりが一つも見えないのだが、なぜか暗闇ではない。少し暗い気もするが、日常生活に支障がない程度に明るい。
「……ここどこ?」ユリは考える気も失せ素直に聞いた。
「俺の城だ」
「しろー!?」
「……これから共に魔石を探すパートナーに隠し事はせん。俺はカリスト・ヴィー。リーヴァ一族が一人、13月、冥界の王だ」
「……カリスト・ヴィー……冥界…………はぁ?!」あまりの告知に何も考えられずユリはただ呆けた。
あまりの出来事だ。あまりの告知だ。先程転移の告知はしっかりしてくれなかったくせに、内緒にしておいて欲しい事を今度はしっかりと告知してくれた。
いきなり神様です。しかも冥界の王です。などと言われて反応できる人間がいるはずもなく。そしてもちろんユリも例外ではなく反応できず、ただただ無言で呆けたままその場に座り続けた。
広い空間に二人、ひたすら無言の時が過ぎ、ユリがどうにか口に出した言葉は……
「……冗談でしょ?」だけだった。
冥界の王終了です。
冥界シリーズとしてはまだ続きます。