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冥界  作者: 尾花となみ
EpisodeⅣ 冥界の幻想曲
15/21

Fantasy Ⅳ

 薄暗い空間の中、一人の男が椅子に座って姿見を覗いている。目まぐるしく変わる姿見の映像は、今は漆黒の髪をなびかせ走っている女性を追っていた。

 口元を手で抑え足早にどこかへ向かっている。


 見つめる男――カリストは思案する。冥界の王らしく怖いものなどない、と言い切り強気に出れば良いものの、カリストは出来ない。

 特に彼女達に対しては自分がまったくのただの男に戻ってしまうことを知っていた。


 カリストは瞑目すると、先程見ていたユリの事を思った。なぜかアリアの心と同調したのか、感情に流され泣き崩れていた。

 その姿を見て、カリストは唇を噛み締めていた。


 ユリに、リキアとは違って心惹かれている自分がいてカリストは動けずにいた。

 どうかしている。リキアとは違う相手を想うなんて。ありえない事だ。それなのに、どうしてもユリの事が気になってします。


「…………」カリストは何度目か分からないため息をつく。

 リキアを迎えに行きたい。本人は違うと言っていたが、アリアはリキアなのだろう。リキアの気配を感じなくても、きっとリキアなのだ。


 だから迎えに行きたい。でもなぜか迎えに行けない。リキアと確信が持てない為なのかユリの事が心の奥底に燻っているせいなのか分からないが、なぜが足が動かなかった。


 アリアの波長は確かにリキアに少し似ている。ユリに感じるのと同じぐらいには感じる。だがあのそっくりな容姿に対してでは物足りなく感じる。

 そう足りないのだ。決定的に何かが足りない。


 容姿だけなら完璧だ。だが他の部分が何か足りない。それはリキアとしての心なのか分からないが、確かに不足している。

 アリア本人も言っていた。自分は違うと。でも違くもないとも言っていた。つまり、そう言う事か……。


「…………」カリストは無言のまま立ち上がった。

 姿見はいつの間にか立ち止まりひざを抱え座り込んでいる女性を変わらず映している。


 カリストはその姿を見つめると、そこへ転移するべく神経を集中する。大した気力も必要とせず男は転移した。

 大昔は飛ぶ事一つでも大変な集中力を必要としたのに……今の自分は莫大な力を持っていてあっけない。


 過去を振り返るなど馬鹿な事を。

 カリストは見つめてくる女性を目の前に不要な思いは遮断し、向き合うことに決めた。


「カリ……スト……」震える声でアリアは名を呼ぶと、その漆黒の瞳から大粒の涙を流す。

 先程とは違ってその光る雫は止め処なく溢れて来る。


「リキ?……やはり違うか。足りないのだな」ルリアと同じ様に確認してからすぐに自分で否定する。

 彼女からは愛しい女性の気配を感じることは出来なかった。そして自分の憶測に確証を得る。


「待ってました。待って、ました……迎えに来て下さるのを……」涙を拭きながらそう言うと、カリストの手をそっと取る。

 カリストはそのまま動かず好きにさせる。


「もうきっと……分かっていますよ、ね? 私は、そう……器です……」アリアはそっとつかんだカリストの右手に口付けをするかの様に頬を寄せる。

 そして愛おしそうに摺り寄せ、吐息を吐く。


「何も、言わずに連れて行ってください。あなたの城に……。私は……アリアは、もう存在しません。存在する必要はないのです」そう言ってアリアは寄せていた顔を上げ、カリストを見つめる。

 その瞳は嬉しいけれど、悲しい。そう潤んでいる。


「あの男はいいのか?」聞かないでおこうと思っていた。だがその悲しい想いを目の奥に感じてしまった以上問いが口に出ていた。

「……あなたに言われるなんて思わなかったわ。時間が経って……大人になった?」アリアはフワッと笑うとそう言った。


「元々何も言わずにいなくなるつもりだったのです。ちょっと計画が狂いましたが、いいんです。私達は他人だから……いなくなっても……大、丈夫……」

「……残ってもいいぞ」カリストの口からなぜだかそんな言葉が出てきてしまった。アリアが涙を引っ込め驚愕の顔で見つめてきている。


「今までたくさん待った。これから少しぐらい伸びても関係ない。……不足しているものを、見つけるまで、アリアとして……」

「カリー!」愛称を言われカリストの口が止まる。


「それは、そんな事はリキアとしての私が許さないわ。絶対に許せない。私はアリアだけど、リキアの器だけど、リキアとしての想いも覚えているの。忘れられないのよ……」

「…………」カリストは顔を覆って再び泣き出したアリアに何も言えなくなってしまった。


 正直アリアにどう接して良いのか分からない。リキアだけどリキアじゃない。

 彼女だけいても、自分の心は満たされない……。不完全なリキアならばいなくてもいい、そう思ってしまった自分を恥じた。


 本当ならば抱きしめて慰めるべきなのかも知れない。でもカリストは動けなかった。

 名前を呼んで、抱きしめて、そのまま自分の城につれて帰ればいい。


 だがどちらの名前を呼べばいいのかも分からない。

 リキアの想いを感じて泣いている彼女の事を思えば、アリアとは呼ばずリキアと呼んで抱きしめるべきだ。

 だが、それは出来ない。 

 

 彼女は自分の愛するリキアではないから。認める訳にはいかない。

 いや、どうしても認められない。なぜなら姿だけの偽者……。


 そうカリストは思ってからまた自己嫌悪に陥る。ひどい事を考えている。

 リキアの器となってしまったが為になくなってしまったアリアと言う人間。それなのにリキアとしても認めてもらえず、彷徨っている。


 どうしてこんな事になってしまっているのだろう。

 リキアもルリアと同じ様な姿になっていると思っていたのに、なぜこんな風に器と他のものに分かれてしまっているのか。


 いや、ルリアは器がないのだから、リキアも器はないはずなのに器だけある。自分に至っては全てがそろっている。

 正直まったく分からなかった。なぜ同じ様な状況で分かれた自分たちがこうも違う状況におかれているのか、今までリキアを探す事に囚われて見えてこなかった疑問が浮かび上がってきた。


 無言で思考に耽っていたカリストは手を引かれ我に返った。


「……慰めてくれないんだ。冷たいカリー……私が許せない?」泣いていたはずのアリアはそう言ってすねたように口を尖らした。

 その仕草はまるでリキアで、思い知る。彼女は確かに別人格だけど、リキアの記憶を持っているのだ。


「…………」無言で見つめてくるカリストに向かってアリアは肩をすくめる。

「やっぱり私だけじゃだめみたいですね。どんなに昔の様に振舞っても私には惹かれてくれない。悔しいな」そう言ってカリストの手を離すと背を向ける。


「本当に悔しい。私は私で、でもリキアで。それなのに私一人じゃ何の意味もない。アリアとしてもリキアとしても、意味のない存在……。ねぇ、じゃぁ私は何? 何の為にいるの?」カリストから見えないように肩を震わせる。

 声も震えていた。きっと瞳も震えているのだろう。


 カリストは拳に力を込める。そして今度こそ抱きしめよう、そう思って手を伸ばしかけた途端第三者の声が乱入した。


「……アリア……その男が……その男を……待ってたのか?」アリアと同じ様な震える頼りない声が横から聞こえてきた。

 アリアは弾かれたように顔を上げるとその声の主を見る。そしてその姿を認めると、今にも泣き出しそうにそれでいて少し嬉しそうに苦しそうに相手の名前を口にした。

「リストさん……」


「なんとなく、わかってたんだ。アリアが俺に答えてくれない理由……。だって! だって……アリア俺の事嫌いじゃなかっただろ? それなのに……。たまに、どこか遠くの方を見てることがあって、なんとなくわかってた。誰か待ってるんじゃないかって……」リストはそう言葉早く言い切ると、アリアに笑いかける。


「よかった、な。迎えに来て貰って。よかった……よ。うん。それでアリアが幸せになれるなら……よかった」自分に言い聞かせる様に何度も頷き、リストは今度カリストへと向き直る。


「なんか、事情はよく知りませんけど、アリアの事迎えに来たんですよね? アリアの事……し、幸せにしてあげてください!」勢い良く言い切ると、カリストへ頭を下げた。

「リスト! やめて、やめてよ。お願い、やめて」アリアは頭を下げるリストの所へ飛んで行くと、慌てて頭を上げさせようとする。


「リストさん、お願い……やめて下さい」アリアはリストの両肩を両手で支えながら蚊の鳴くような声で制止する。

「俺、さ。運命とか前世とか……あんまってか全然信じてないけど、きっとそう言う事なんだろ?」リストは自分の肩に載せられた真っ白で華奢なアリアの両手に自分の両手を重ねる。

 そしてそっと自分の肩から外させると、そのまま両手を握り締めた。


 その顔は笑っていて、どこかスッキリしているようにも見える。

 アリアもリストもこの村の出身だ。もちろんお互い両親はまだこの村に住んでいて、二人もこの地から離れて暮らしたことはない。


 お互い生まれた時から知っている。幼馴染、いつも一緒にいる。そんな相手がなぜか誰かの迎えを待っているなんてありえない事だとリストはずっと思っていた。

 でも自分に答えてはくれないアリア。確実に自分の事を想ってくれていると自惚れではなくわかっているのに、アリアは決して自分の想いを受け入れてはくれなかった。


 他に村で男がいる訳じゃなかった。どこか違う町へ遊びに行って出会った一時の恋人がいるのかも知れないとも思った。

 だが、そんな事じゃなかった。もっと違うものだったのだ。


 リストは妙に納得してしまった。アリアはきっと特別な存在だったのだ。

 自分みたいに冴えない男と違って……。絶世の美女と村で褒められて、町へ遊びに行けば誰もが振り返る。そんなアリアは、やっぱりいい男の隣が似合うんだ。


「俺、さ……。アリアの事絶対忘れないから。当たり前だけど絶対忘れないよ。おじさんもおばさんも忘れない。絶対に忘れたりしないよ」リストはそう力強く言うと、そのままアリアを抱きしめた。

「だから、アリアもさ……。ここの事忘れないでくれよ。おじさんとおばさんの事、俺の事……忘れたりしないよな?」アリアはリストの胸に顔をうずめると、無言で何度も頷いた。

 声を押し殺して、何度も何度も頷いた。そしてリストにしがみつく。


「……ありがとう、ありがとうリスト……。本当にありがとう」何度お礼を言っても足りない。嬉しくて嬉しくて涙が溢れて来る。

 いつもアリアを見てくれるリスト。そしてありのままのアリアを認めてくれる。

 どれだけ救われたか分からない。どれだけ嬉しかっただろう。


 自分の事を思うと暗く深く沈んでしまうアリアを救い上げてくれたのは、いつも隣にいてくれたリストだった。

 素直に純粋にアリアを愛し、認めてくれるリスト。リキアなど関係なくアリアを求めてくる彼。いつも救われていた。そしてやっぱり最後も救ってくれた。


「あり、がとう、あ、りがと、う。……絶、対に忘れ、ませ、ん」しゃくりあげながら何とか言葉にすると、涙に濡れてクシャクシャの顔を上げる。

 そしてアリアはリストに向かって微笑むとリストを引き寄せ、自分は背伸びしてそっと唇を重ねた。軽く触れた唇を離すと、アリアは踵を返しカリストへ抱きついた。


「連れていって!」そうアリアが叫ぶと同時に、二人の姿は消えていた。


 その場には呆然としたリストだけが残されていて。

 リストはそっと自分の唇に触れるとそのまま崩れる様に座り込む。

 そして雄叫びを上げながら泣き出した。声が枯れるほど、涙が枯れるほど、永遠と思えるほどリストは泣き叫び続けた。


 深い森の中には一人の男の切なすぎる泣き叫ぶ声だけが響いていた。




後一話でFantasy終了です。

リストさん退場です。


アリアの言葉使いがグチャグチャなのはアリアとリキアが混在してしまっている為と思ってください。

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