Fantasy Ⅱ
そこはピウリンスと言う小さな村だった。ユリの故郷インシーの町と同じ大陸でそう離れていないのに、ユリはこのピウリンスと言う村を知らなかった。
とても温かく何でも地熱があるらしい。その為温かい水が湧き出しているそうだ。
温泉と言われるそれは村から少し離れた所にあって誰でも入ることが出来るような施設になっていた。だがその事は他の町の人たちには知られていないようで、ピウリンス村は寂びれてもの悲しい村だった。
「……俺は城に戻る」カリストはそう一言つぶやいてまた転移した。
飛んできた場所はその温泉がある所の近くだったが、周りに人はいなかった。
「……とりあえず、村に行きます」なんとなく呟いて見る。
きっともう二人は自分の行動を姿見で見ている。そう思うとすごく緊張してきた。
いつもカリストが騒がしいのは嫌いだと言うので、姿見に映すのは映像だけだ。だけどもちろん音声も拾うことが出来るので、今はきっと言葉も届くだろうと思ったのだ。
もちろん返事はなかったが、ユリは気にせず歩き出した。
どうにか補整された道を進むと小さな村が見えてきた。
村の入り口に立っていた一人の男がユリの事を見て驚愕している。
「お、おま、お前何者だ!」かなりどもりながら男はユリを警戒している。
失敗した。どう見ても不審者だ。
姿見を見ていたままの軽装でいきなり転移してしまったので何も持っていない。どう見ても旅人には見えない。
こんな貧相な村に何も持たず現れた女。確実に不審者だ。
「あの、えっと……怪しい者ではなくて……」そのセリフがかなり怪しい。
「お、お前人間か!? 怪しくないって本当か!?」男の問いかけもどうかと思う。怪しくないと問われ怪しい人ですと答える人間もいないだろう。
平和的な村なのかこう言った急な事に対処できないのか。とにかく男はユリにビビッていた。
ユリは考える。どうするのが得策か……。男を観察するとただの村人、そうとしか見えなかった。
三十代だろう男はくすんだ茶色い髪で、同じような茶色の瞳をしている。
よくよく見れば愛嬌のある顔立ちで、いかにも人の良さそうな雰囲気だ。
ユリは心の中で絶対にカモにするな……と思ってしまった。
「こ、ここには何しに来たんだ? どうやって来たんだ?」ビビッたままの男を見ながらユリは素直に答える事にした。
「転移して来ました。……その、えっと私が転移できる訳ではないのですが、その……連れは用があってまた転移して帰りました」とりあえず嘘はいってない。と言うか全くその通りだ。
「そ、それで何しに来た」
「え? えーーーっと……温泉! そう温泉があるって聞いて入りに来ました!」ユリはそう言ってから自分で自分の答えに大満足だ。
「そ、そうか! 温泉はいいぞ! すごく体も心も暖まる!」男はそう嬉しそうに言ってから少し余裕が出来たのか、ユリの事を観察しだした。
温泉に入りに来たはずが何も持っていない……。
「お前、誰から温泉の事を聞いたんだ? 着替えとか何も持っていないのか?」
「え? え……えーーーっと……連れが間違えて持って帰ってしまい困ってたんです! だから入れなくて、ちょっと村にお邪魔しようかと!」もう本当に我ながらナイスないい訳だ。
「そうか。それは大変だな。よかったら助けになるぞ」本当に人のいい男だったようで、ユリの言ったことを少しも疑わず信じてくれた。
挙句ユリを助けてくれると言う。
絶対結婚するならこんな人? でもつまんないかなぁ。などとユリはどうでもいい事を考えながら笑顔でうなずく。
「助かります。ありがとうございます」そう言って男に近づく。
男は少し顔を赤らめながら嬉しそうに頷くと、村へと招き入れてくれた。
「俺の名前はリストバーク。リストと呼んでくれ。お前、名前はなんて言うんだ?」
「ユリです。リストさんは何であんな所にいたんですか?」
「……待ち合わせだ」その質問に今までの明るい雰囲気から一転項垂れて答える。どうやら聞いてはいけなかったようだ。
「でもきっと今日も来ない。だからいいんだ」そう言ってユリを見て切なそうに微笑んだ。
どうやら待ち合わせ相手は女性のようだ。そして片思いか……振られてしまったのだろうか。
ユリは慌てて話題を変える。
「あ、あの、連れが迎えに来てくれる迄どこかでお世話になりたいのですが……」リストはその言葉に顔を潜める。
「悪いがここに宿は無い。旅人が泊まれる様な所はないんだ」心底済まなそうにリストが言うので、ユリは何も言えなくなってしまった。
いや、だが長居する必要はなかった。あの、例の女性に会ってすぐに確かめてまたすぐに戻ればいい。ユリはそう思いリストに微笑んで見せる。
「いえ、気にしないで下さい。大丈夫です。すぐに迎えに来てくれると思うので」
「へぇー。すごいなそんな簡単に転移出来るのか? それに遠話の法も使えるのか?」遠話とは字の通り遠くで会話する事だ。
だがそれはお互いその法を使えないと会話にはならない。一方的に語っているだけで、相手にその声は届かないのだ。
一方的に相手の事を聞く事を遠耳と言う法で、相手もその遠耳が使えないと遠話とは言えない。
つまり遠耳の法が使える人達がその法を駆使して会話することを遠話と言う。それと同じように遠視と言う法もある。それも文字通り遠くの事を視る事だ。
カリストが姿見に使っている法はその遠視の進化したものだと思うが、あまり魔法に詳しくないユリはよく分からなかった。
「いえ、私は法を扱えないので……」
「ああ、そうか。俺もだ。だから詳しくないが……呼べば気づいてくれるのもあったか?」リストの言葉にユリは頷く。
なんでも自分の決めた事に対して音や映像を拾う様に出来る法もあるらしく、その法―遠名と言う―を扱える法使いは殆どの人が自分の名前などを設定しているらしい。
扱える法の力量によってその範囲や効力も色々と違って複雑なようだが、以前カリストが自分の名前を呼べば迎えに来ると言った理由はこの法によるものだ。
神様であるはずのカリストが人と同じ法に囚われているのが不思議だったが、人が使っている法は元々神であるリーヴァが作ったと言われているので、同じでもおかしくは無いのかも知れない。
ユリはそんな事を考えながらリストに案内されるがままとある一軒の家へ辿り着いた。
「あの、ここ俺の知り合いの女性の家なんだ。それで、とっても素敵な人だから、きっと助けになってくれるはずだ」リストは赤い顔でそう言うと、頭をかいている。
例のリストの想い人だろうか。男の態度からバレバレだ。ユリはつい笑ってしまう。男の態度があまりにも微笑ましかったからだ。
すっぽかされたにもかかわらずとっても素敵な人と躊躇わず言えるリストがとても輝いて見えた。
「ふふ、本当に好きなんですね」ついそう言ってしまうと、男は目に見えて慌てだした。
「な、な、何で! ……なんでわかった?」真っ赤になってどもったかと思うと、小さな声で聞いてきた。
「だって、バレバレですよ。顔真っ赤だし」そう言ってユリはくすくす笑った。
「そうか、バレバレか……。恥ずかしいな。その人はすごく、本当に綺麗な人で、素敵な人なんだ。そう言えば、お前に少し似てるかも知れないな」リストはそう言いながら家のドアをノックする。
ユリはリストのその言葉を受けて固まった。先ほどまでの楽しかった気分に冷水を掛けられた思いだ。
男の素直さが微笑ましくてつい和んでいたが、フッとここに来た本当の理由を思い出したのだ。
「アリア。アリア……少しいいか?」ユリの変わった態度に気づきもせずリストはドアを叩き、想い人を呼んだ。
「何ですか? リストさん。今日はごめんなさい。ちょっと体調が優れなくて」そう言いながら現れた想い人は、ユリの予想通り漆黒の髪を靡かせた美女だった。
まだ続きます。思っていたより幻想曲は長くなりそうです……。