Fantasy Ⅰ
薄暗い空間の中、一人の少女が大きな姿見の前にしゃがみ込んでいる。
凝視しすぎないように、それでも少しも見逃さないように真剣な顔で姿見を見ていた。
「え?」その少女―ユリはその瞳に驚愕の色を浮かべる。
視線の先には一人の女性が写っていた。
探している魔石が見つかった訳ではなかった。だがその女性から目が離せない。
漆黒の髪を腰まで流している二十代後半の女性。整いすぎた顔立ちは少し冷たく見える。意志の強そうな漆黒の瞳も、まるでこちらが見えているようにユリの方を見つめていた。
「ル、ルリア様……?」ユリは恐る恐る後ろを振り返る。
すると椅子に座る男もその隣に控えていた女も同じ黒い目を見開いていた。
普段あまり感情を表に出さないようにしている二人が、取り繕うのも忘れ姿見を凝視している。
正確にはその姿見に映ったこちらを見ている女性を……見つめていた。
ルリアが無言のまま頼りなく姿見に近づく。近づけば近づく程その疑惑は確かなものとなっていく。
その姿見に映った女性はルリアとそっくりだった。いや、そっくりなどと言う言葉では物足りない。瓜二つ、そう表現するのが正しいだろう。
そして三人が無言で見つめる中、その女性はこちらを見つめたまま口を動かした。
音のない映像の中の女性が『あ い に き て』そう口が動いた気がした。
「っ!」派手な音を立ててカリストが立ち上がる。
ユリはその音に誘われ男へ振り向いてから後悔した。その表情は見たくなかった。
その整った顔は歪んでいた。今にも泣き出しそうに、でも嬉しそうに、でも切なそうに……。複雑なその表情はもちろん心も映していたのか、急に姿見から映像が消えた。
「カリー!」ルリアが声を荒げる。今まで見た事もない慌て様にまたユリは心が痛む。
「早く! 早くまた映して!」いつもは囁く様な澄んだ声がひどく乱れている。
だがカリストはその声に従う事無く立ち竦んでいた。
ルリアの事も見ず、もちろんユリの事も見ず、俯いている。その体からは力が抜け、まるで魂が抜けてしまったかのようだ。
冥界の王と言う称号を持つ男の姿とはとても思えなかった。
その姿を見てルリアも少し冷静になったのか、いつもの様に表情を改めそっとカリストに近づく。そしてそっとお願いした。
「カリスト。お願い。もう一度見せて。私にはまだどこだか識別できてないわ。今の場所はあなたしか知らない」
そのルリアを見つめ、カリストは再び椅子に座りなおした。だが姿見は何も映さない。
「カリー!」再び焦れたルリアの声がする。
だがカリストは無言で首を振った。
「ありえない。ありえないだろ。向こうからこっちを覗くなんて。……それに俺は何も感じなかった。ルリだって感じてないだろ? ただ見た目が似てただけだ」
「そうだけど! そうだけど……あんなにそっくりで……」
二人は同じ様に俯いたまま止まってしまった。
ユリはそんな二人から視線を逸らす。動揺しすぎている二人を直視出来ない。
いつもの二人とは全然違う。余裕がまったく感じられなかった。
確かに時々余裕なく焦れたような表情や言葉を聴く事はあったが、それでも普段は堂々と悠々と構えている。それはもちろん神として。
だが今の二人は神々しいなどと言う言葉からは程遠い。歩き回らないだけマシかもしれないが、二人とも視線を合わせようとはしないし、落ち着きなく手を動かしていた。
正直、ユリから積極的になる事に躊躇した。でも、ここはなぜか自分が進めなくてはいけないような義務感に駆られた。
もし探しているリキアだとしても全く違う相手だとしても、このまま放置しておく事は出来ない。
「……私が……確かめて来ます」ユリのその言葉に二人は弾かれた様に顔を上げる。
そして二人とも同じような痛みを我慢するかの様な顔で見つめてくる。
「カリスト様……送って下さい。直接あの方と私が話して見ます。もしかしたら全く関係のない人かも知れませんが、やっぱり……あの容姿はどう考えても似すぎていると思います」
「……ユリ……」カリストは掠れた声で名を呼ぶ。
ありえない声だった。聞いたことない声。いつもの心地よいバリトンとは違う。
ユリは再び胸が締め付けられたが、精一杯の笑顔で答えて見せた。
「大丈夫です! 上手にお話ししますから。お二人はまた姿見で様子見て下さい」
「……分かった」カリストは幾分普通の声で返事するとすぐにユリに近づき抱きしめた。
いつもの事とは言えユリの体が強張る。激しい心臓の音がカリストに聞こえてしまいそうで、ユリはつい体に力を入れてしまうのだ。
「飛ぶぞ」カリストはそう言って転移した。
転移した瞬間ルリアが祈るように手を握っているのが見えた。
随分お待たせしました。
これから最後までちゃんと更新していけるよう頑張ります。
宜しくお願いします。