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冥界  作者: 尾花となみ
EpisodeⅠ 冥界の王
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King Ⅰ

 雑踏の街の中、軽やかな足取りで進む少女がいた。二十歳になるかならないかの少女は踊るように人ごみを進んでいく。彼女の名前はユリ。スリを生業としている。


 しばらく進んでいたが、急に足を止めると、ある建物へ入っていった。

 すぐに彼女はまた顔を出した。だがそれは入り口からではなく、いつの間にか建物の屋根に乗っている。


 身を屈め、高い所から目下の道を観察している。正確に言えば道ではなく人を観察している。そして重点的に見ているのは、人が持っている荷物。上から仕事に及ぶ相手を物色しているわけだ。


「どうしよっかなぁ。あまり良いの持ってるのいないなぁ」一人呟く。

 そのまましばらく物色していたが、急に彼女の紅い瞳が煌く。そして一目散に建物を降りていった。


「始めて見るほどの大物だわ。って言うか本当に魔石?」心躍らせながら、それでも慎重に獲物に近づいていく。


 スリに派手さは禁物だ。相手に気付かれ、覚えられてしまうわけには行かない。だから彼女も服装は至って簡素だ。

 容姿は美人だが、肩まできっちりと揃えられた黒髪と紅い瞳がきつく思わせる。特徴的な顔とは言えなくもないが、ある意味どこにでもいそうな普通の少女に見える。


 ゆっくりと、だが確実に獲物に近づいていく。そして、相手に気付かれない様そっと腰に下げた袋を頂戴した。

 しっかりと手に入れると、小躍りしそうになるのをどうにか堪え、急がず不審に思われない様その場を離れた。


「さてさて♪」人込み離れたところへ到着してからユリはそう言うと、そっと袋を覗く。中には宝石が入っていた。それも飛びっきり美しい宝石だ。

 丸い形をした手の平に乗る程度の黒い宝石。パッと見黒真珠にも見えるが、その黒は暗くそれでもなぜか透き通って見える。例えるなら、黒い色をした水晶だ。


 この世界には異生と呼ばれる生き物がいる。化け物、妖怪、怪物そんな呼び名と同じそれは、人と似た形をしながら、人とは明らかに違う。

 その異生が絶え塵となり消えたとき、そこに魔石と呼ばれる石が現れる。異生の核となるそれは、異生それぞれ一つずつ違い、より球体に近く、より濃い色を持つ石の方が、力を持っていた異生の証明と言われている。


「……なんかヤバイ……かも」その宝石を手に取りじっと見つめていたユリは独白した。

 その黒く透き通り、形整った宝石を持つ手が震えてきた。こんな魔石は見たことがなかった。


「ヤバイ。絶対ヤバイ! なんか嫌な予感がする。ヤバイ。ホント怖い感じ……」そう言って慌てて袋へ戻し、投げ捨てようとして思いとどまる。

「……捨ててもヤバイ気がする……」変な汗がダラダラと流れてきそうだ。袋を持つ手もどうしたらいいのか分からず、固まっている。


「持ち主にそっと返す? でも持ち主の顔なんて覚えてないよぉ」今にも泣き出しそうにユリは袋を持ったままその場に座り込んでしまった。


 ユリのヤバイ時の勘ははずれた事がない。なんとも言えない不安に駆られ、それを無視すると大抵ろくな事が起きなかった。今まで感じた事の無いほどの不安。初めて感じる恐怖。ここまでのヤバさは覚えが無い。


「どこへ行ったかと思えばこんな所にいたのか」

 座り込んでいたユリの背後から男の声が響いた。振り向かなくてもユリに向かって話しかけているのは明らかだった。


 ユリは袋を隠しながら立ち上がり振り向く。そして精一杯の笑顔でわざとらしく答えた。

「はい? 誰かと勘違いされてません?」虚勢を張ったが、その声は震えてしまった。


 頂戴した相手の顔を覚えてはいないが、服装は覚えている。上から下まで真っ黒な衣装。正に目の前にいる男が着ている服だ。


 なんでわかったの? つけられてた訳じゃないのに。ユリは震えながらそう思った。


「ルリ。なんで素直に盗まれた?」男はユリの事など無視して、勝手に話し出した。

 ユリにはまったく意味の分からない言葉だ。だが、やはり自分が彼の袋を盗んだ事がばれている様だった。

 どうやって言い訳しよう……とユリが思案していると、第三者の女性の声が割り込んできた。


『……別に。人前では面倒臭いと思ったから』

「……お前らしくないな?」

 どこから声が聞こえてくるのかユリには分からなかった。会話をしている男はその相手を見るわけでなく、変わらずユリを見ている。


 いや、正確にはユリが隠している袋……の中の宝石?

 ユリに再び表しようの無い不安が押し寄せる。手も体も震え、心臓が相手に聞こえそうなほど脈打っている。

 男を正面から見ることが出来なくなり、ユリは俯いた。今にも恐怖で失神しそうだった。


 盗みが見つかってしまったからの恐怖ではない。原因の分からない恐怖。

 殺されるかも知れないと言う恐怖でもない。意味の分からない恐怖。だが、その切実さは死に直面するほどの恐怖となんら違いはなかった。


『……波長が……似てたから』

「うん? あぁ、そうだな。言われてみれば似てるか……。容姿も、なんとなく似てるか……」今度はしっかりユリの顔を見ながら男はそんな事を言った。


『まったく関係なかった。少しでも似てると思った自分が馬鹿だったわ。行きましょう』

「なんだ? 怒っているのか? 相変わらずプライドが高いな」そう言う男も相変わらずユリを無視して相手のわからない会話を進め、話しながらユリへ近づいてきた。


「さて、お嬢さん。袋を返して頂こうか」男は極上の笑顔でそう言うと手を差し出す。

 ユリは何も言えず、無言で袋を差し出した。その途端安堵する。


 咎められ、何か要求されるかも知れない。神殿か国に突き出されるかも知れない。そう言う不安はあったが、先ほどまでの恐怖からは開放された。


「よしよしお帰り。そして、ルリを盗んだお嬢さんには何か罰を与えなくてはな。だが、どうして俺の袋に魔石が入っている事が分かった? 魔石を盗んでどうするつもりだ?」

 ユリは話すことに一瞬躊躇したが、拒否権はなかった。男の顔はにこやかに笑っているが、その黒い瞳の奥はまったく笑っていない。


 また、不安が襲ってくる。慌てて目を逸らしたが、恐怖は離れてくれなかった。


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