共鳴豚に“悪意”を食べさせた結果〜研究を奪った親子が自分の音で壊れました〜
「トム、トム、笛吹きんちのせがれ。豚を盗んで逃げた」
その童歌を思い出したのは、私の研究成果である「共鳴豚」が、商会長のドラ息子に奪われた時だった。
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私は、とある商会の研究員だ。
食糧難を解決するために、音をエネルギーに変える新種の豚の交配に成功した。
自然界の柔らかな音を聴かせるだけで、少量の餌でも驚くほど良質な脂を蓄える。
美しい歌を与えれば肉質は宝石のようにまろやかになる。
だが──
その性質には危うい裏側があった。
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「女の雇われ研究員の分際で小難しい理屈を並べるな。この豚は今日から俺のものだ」
踏み込んできた男は、何のためらいもなく言い放った。
親の威光を当然のものとして振るう、商会家の息子。
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研究記録は奪われ、出荷間近の豚は強引に連れ去られる。
私の存在は、最初からなかったことにされた。
止める術はなかった。
商会長である彼の父も、似たようなものだったからだ。
外面だけは良い「ホラ吹き」の彼は、自分の成果として、女王陛下にこの豚を献上して地位を盤石にしようとしている。
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私は職を追われ、路頭に迷いかけた。
しかし、そんな私に手を差し伸べたのは、意外にも女王陛下ご自身だった。
女王は、商会長の「嘘」を見抜いていた。
私は女王の密かな援助を受け、新しい研究所で、ただ静かにその時を待つことにした。
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豚は音を、溜める。
周囲の振動を吸収し、それを細胞の奥に蓄積する。
本来は、自然の音を溜める。
風。
草。
水。
混ざり合い、歪まない音。
それで、肉質は整う。
しかし、
何を溜めるかで、中身がすべて変わる。
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奪った者は、「音を食うなら餌は一粒もいらんだろう」と、それを地下へ運ばせた。
閉ざされた貯蔵庫。
外の音が届かない場所。
そこで与えられたのは、
耳を裂く機械音と、怒鳴り声。
地下で、豚はそれを吸い続ける。
止めるものはない。
共鳴豚の真実を、彼らは知らない。
負の振動だけを与え続け、空腹で飢えさせればどうなるか。
知らずに、ただ、溜まる。
歪みが限界まで。
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運命の晩餐会。
奪った者たちは笑っていた。
「これぞ最高の肉だ」
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最初の一口で、顔が変わる。
次の瞬間、崩れた。
立てない。
吐く。
視界が揺れる。
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毒ではない。共鳴だ。
自分たちが浴びせ続けた罵声と機械音の振動
──濃縮された歪みが、体の中で鳴る。
同じ音が重なり、増幅する。
止まらない。
自分たちが生み出した音だからだ。
自分たちの音を、そのまま受け取っただけ。
増幅された形で。
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「おんおんないて、いっちゃった」
商会長親子は、すべてを没収されて街を追い出された。
真っ直ぐ歩くことすらできなくなった彼らは、壁にぶつかりながら泣き叫び、暗い路地の向こうへと消えていった。
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私は今、女王直属の研究員として、緑豊かな牧場で豚を育てている。
「トム、トム、笛吹きんちのせがれ」
古い歌を口ずさみながら、私は耳を澄ます。
他人の手柄を盗み、都合のいい部分だけを「管理」しようとした者たちは、自らが蒔いた悪意の音に自滅した。
ここには、彼らを壊した不快な機械音も、怒鳴り声もない。
風が草木を揺らす音だけがある。
混ざり、流れ、歪まない音。
豚たちは、今日も私の歌を食べて、美しく、まろやかに育っている。




