迷宮編 4.龍の魂は何処へ
こんちは!書きためてた小説を大放出いたします!
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階段を踏み外したかのような錯覚とともに、レイアの身体は広い空間へと放り出された。
床も壁も、はっきりとした形を持たない。灰色と黒が溶け合ったような空間の中央に、澱んだ霧が渦を巻いている。耳鳴りのような低音が、空間そのものから発せられていた。
「……ここが……」
声に力が入らない。
八層、九層で削られ続けた精神と肉体は限界に近く、魔力の流れは乱れ、呼吸をするだけで胸が焼けるように痛んだ。腕や脚には、再生しきれず炭化しかけた皮膚がまだ残っている。
それでも、足は止まらなかった。
霧がゆっくりと形を成す。
人影ではない。無数の影が重なり合い、溶け合い、ひとつの“塊”として蠢いている。顔がある。いや、顔だったものが、何十、何百と浮かび上がっては沈み、絶えず入れ替わっていく。
嘆きの集合霊。
声が、直接頭の中に流れ込んできた。
――痛い
――苦しい
――忘れられない
――どうして
一つ一つは小さく、断片的だが、重なった瞬間、鋭い刃のように精神を削る。
「……うるさい……」
レイアは歯を食いしばり、炎を生む。だが、火は安定せず、揺らぎながら指先から漏れ落ちた。魔力制御が、完全に乱れている。
集合霊が動く。
霧がほどけ、分裂し、人の形を取る。
それは、知らない誰かだった。
見覚えのない顔。だが、その目に宿る感情は、八層や九層で見たものと同じ――生への執着と、理不尽への怒り。
「生きて……いる……」
霊が叫び、レイアへと突進する。
反射的に炎を放ち、焼き払う。霊は悲鳴を上げて霧へと戻るが、次の瞬間、また別の形で現れる。
今度は、知っている顔だった。
「……やっと……会えた……」
レイアの喉が、ひくりと鳴った。
それは、里で顔を合わせただけの大人だった。名前も知らない。けれど、確かに存在していた人間。笑っていた記憶が、脳裏に浮かぶ。
「助けて……」
伸ばされた手に、炎を向けられない。
躊躇した一瞬で、精神を直接叩く衝撃が走る。頭の中に、焼け落ちる里の光景が無理やり流し込まれ、視界が歪む。
「っ……!」
膝をつく。
それを嘲笑うように、集合霊は次々と形を変え、記憶の奥を漁るように、より深い部分へと触れてくる。
――もっと
――一番
――苦しいものを
空気が冷える。
霧が、ゆっくりと、慎重に形を整えていく。
現れたのは、二人の人影だった。
「……え……」
視界が、揺れる。
心臓が、音を立てて跳ねる。
父と母の姿。
声も、仕草も、記憶の中のままだった。焼け落ちる直前の姿ではない。穏やかだった頃の、何気ない日常の延長にいた姿。
「……レイア……」
呼ばれただけで、膝から力が抜けた。
炎が、完全に消える。
「……やめて……」
剣も、魔術も、復讐も、すべてが遠のく。ただ、失ったものだけが、目の前にある。
「なんで……お前だけ……」
責める声。
哀しむ声。
失望の視線。
レイアは、何もできなかった。
霊の攻撃が、容赦なく降り注ぐ。精神を裂き、肉体を叩き、炎で再生する暇すら与えない。床に倒れ伏し、血と焦げの匂いにまみれながら、それでも目だけは閉じられなかった。
「……戦わ……なきゃ……」
そう思うだけで、身体が拒絶する。
嘆きの集合霊は、もはや疑っていなかった。
父と母の姿をした霊が、確信をもって歩み寄る。そこに焦りはない。抵抗する意志も、反撃する力も、すでに潰えたと理解している。
レイアは立っていることすらできず、膝をついたまま俯いていた。
呼吸をするたびに胸が焼ける。魔力を動かそうとすると、流れが乱れ、皮膚の内側から火が噴き出すような痛みが走る。八層、九層で無理に維持してきた制御は、ここで完全に崩壊していた。
父の姿をした霊が、静かに口を開く。
なぜお前だけ生き残った。
母の姿が、それに重なる。
助けてほしかった。どうして戻ってこなかった。
言葉は、耳ではなく、直接心に刺さる。
否定しようとしたが、声にならない。正当化する理由も、逃げ道も、もう残っていなかった。
炎を向けることなど、できるはずがなかった。
視界が揺れ、床に手をつく。
次の瞬間、精神を殴りつけるような衝撃が走り、頭の奥が白く弾けた。嘆きの集合霊はまだレイアのことを殺さない。生かしたまま、徹底的に、壊してから殺そうと。醜悪な笑みが張り付いていた。
嘆きの集合霊もそろそろ飽きたのだろうか。
終わりだ、と告げるように、霧が収束する。
その直前、空間がわずかに軋んだ。
霧の流れが、明らかにおかしい。
嘆きの集合霊のものではない圧が、奥から滲み出てくる。
重い。
鋭い。
そして、揺るがない。
集合霊がざわめく。この層に存在するはずのないもの。自分の支配領域を侵す異物。
霧を押し分けるように、一人の男の霊が姿を現した。
輪郭は欠け、完全ではない。それでも、その立ち姿だけで、空気が変わる。
レイアは、顔を上げた。
「……ラヴァガン……?」
声はかすれていた。
幻覚ではない。集合霊が作り出した模倣でもない。確信があった。
男は集合霊を一瞥し、それから短く息を吐く。
「まだ終わっちゃいねえだろ。」
その一言だけで、父母の姿をした霊が一歩、後退した。
ラヴァガンは、ゆっくりとレイアの背後に立つ。
問いかけるような気配で、しかし答えを待たずに続ける。
「俺が教えたのは魔術だったか。」
否定の言葉を出す前に、次が落ちる。
「違うだろ。」
霊であるはずの手が、レイアの腕を掴んだ。
逃げられない力。確かな重み。
「俺が教えたのは、剣だ」
強引に前へ出される。
指先が震え、魔力が漏れ、皮膚が焼ける。それでも止めさせない。
ラヴァガンの身体が、背後から重なる。
腕の角度を正され、手首を返され、重心を落とされる。意識する前に、身体が覚えていた動きが引きずり出される。
「……握れ」
散っていた炎が、集束する。
暴れていた魔力が、一本の流れになる。
形を持った炎。
剣だった。
嘆きの集合霊が、明確な恐怖を発する。
父母の姿をした霊が霧へ戻ろうとするが、逃げ場はない。
行け、と背中から声が落ちる。
レイアは歯を食いしばり、剣を振る。
一閃。
霊は焼かれ、切られ、再構成しようとして失敗する。
「……まだだ」
その声に支えられ、レイアは前へ出る。
身体は悲鳴を上げ、再生は追いつかない。それでも、剣を振る手は止まらない。
嘆きの集合霊は無数の顔を浮かべ、叫び、命乞いをし、呪詛を吐く。
炎の剣は、それらを一つずつ切り分け、細切れにし、完全に焼き尽くしていく。
最後に残った核が、元に戻ろうと蠢いた瞬間。
「……終わりだ」
炎が内部から爆ぜ、嘆きの集合霊は悲鳴すら上げられず消滅した。
静寂。
炎の剣が消え、レイアは崩れ落ちる。
背後の支えは、まだあった。
ラヴァガンの霊は、明らかに薄くなっている。
「お前には、ドラムを超える力がある」
静かな声。
「それを、復讐のためだけに使うな」
レイアは、かすれた声で答える。
「……わかってる……」
ラヴァガンは頷き、続ける。
「森の奥の祠だ。成人したら渡すつもりだったものがある。……取りに行け。泣くんじゃない。ドラムが死んだ今お前が…延々と艶桜の当主だ」
輪郭が揺らぐ。
レイアは立ち上がり、消えかけのラヴァガンを強く抱きしめた。
「ありがとう……」
少し間を置いて。
「……さよなら」
ラヴァガンは何も言わず、ほんのわずかに笑い、そのまま霧のように溶けて消えた。
第十層には、もう何も残っていない。
焦げ跡と、静まり返った空間だけ。
レイアは一人、立っていた。
さてさて!楽しんで頂けましたでしょうか!おもろいやん!頑張ってくれぃ!等のお気持ちがあればぜひ評価の方お待ちしております!それではまた次回お会いいたしましょう!




