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獄炎の姫君〜失意の底で何を思ふ〜  作者: 蕎麦粉


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帝国編 42.一週間

儀式まで七日、という告知が帝都の大通りに貼り出された。


朝から衛兵の数が増えていた。組合の前にも二人立っていて、依頼板を見ようとした冒険者が少し足を止めてから進んでいった。レイアも足を止めた。板には新しい依頼が増えていた。「儀式警備補助・宮廷内部」「要人護衛・儀式期間中」。依頼主の欄が空白のものが、三件あった。


——空白。


空白の依頼主は珍しくない。だが三件が同時に、しかも儀式の一週間前に貼り出されている。


「受けるな」


ルイが隣に来ていた。視線は依頼板に向けたままだった。「依頼主が見えない依頼は、今は全部疑う。プランナが両側から動かしている可能性がある」


返事をしなかった。すでにそのつもりだった。


「本格的に動き始めたな」と、後ろでガンスの声がした。


---


昼、宿に戻ると空気が変わっていた。


フィンが窓際に立って外を見ていた。いつもの席ではなかった。レイアが入ってきたのに気づいて、少し振り返った。


「衛兵が増えた」


「うん」


「昨日より五人は多い。北門と西門は倍だ」


数えていたのか、とレイアは思ったが、口には出さなかった。フィンはまた窓の外に目を戻した。


「父上が儀式に出られるか、まだ分からないと聞いた。ヴェラから」


レイアは何も言わなかった。


「出られなければ、カルムとエドンだけが儀式に立つ。空位が生まれやすくなる」


フィンの声は静かだった。感情が乗っていなかった。乗っていないのではなく、乗せないようにしているのかもしれない——レイアにはどちらか分からなかった。


「護衛はまだ続けてくれる?」


「仕事として請けている。儀式が終わるまでは変わらない」


「そうか」とだけ言って、また外を見た。


---


夕方、レイアは一人で街を歩いた。


フィンの護衛は夜だけになっていた。昼間は宿に帰っている。その隙間に、レイアは帝都の空気を読みに出た。


商店の前で立ち話をしている市民の声が断片的に聞こえた。「カルム殿下が」「エドン殿下は」。どちらの名前も等しく使われていた。どちらが即位しても構わないという声と、どちらかに肖入れしている声が混ざっていた。誰もプランナという名前を出さなかった。


路地の角を曲がった時、違う空気があった。


一瞬だった。ほとんど気配と言えないほど薄かった。でもレイアは足を止めた。


——冷たい。


方向を確認した。北側。宮廷の方角。でもすでに消えていた。気配と呼べるほどの質Degreeもなかった。ただ、あの感触だけが残った。鳥の羽のような形の、冷たい残滓。


足元の石畚を見た。何もない。人が通った跡も、魔力が触れた跡も、見える形では何も残っていなかった。


少しの間、その場に立っていた。誰かに言うべきかどうか考えた。ルイには話す。でも今夜はまだ何も言わない。感触だけでは材料が足りない。あと一度、同じものを感じたら言う。


---


夜、食堂でルイが口を開いた。


全員が揃っていた。フィンも隣にいた。


「儀式まで一週間だ。依頼は今後、全部おれに通してほしい。受けるかどうかおれが判断する」


「ずいぶん慎重だな」


「プランナが動いている。今は慎重で正しい」


「まあな」とガンスが言って、スープを飲んだ。「組合への報告はどうするの」とサラが聞いた。「バーナードに通じている別ルートがある。そこに入れる」。


マリーが「危ないことは事前に教えてください」と言った。言い方は軽かったが、目が真剣だった。「今まで通り動けばいい。ただ一人で判断しないでほしい」とルイが返した。


フィンが「護衛体制も変えた方がいいか」と聞いた。「今のままでいい。変えると動きが読まれる」。フィンが頗いた。


それだけだった。いつもより短い夜だった。誰もそれ以上話さなかった。話すべきことは話した、という空気だった。


---


部屋に戻る前に、ドージの背中が頭に浮かんだ。


あのときドージが何かを書いていた。手元に小瓶が一つ置いてあった。薬草の成分を記録しているのか、あるいは別の何かなのか——レイアには分からなかった。


ドージの研究室に、最後に入ったのはいつだったか。「また来る」と言って出た。まだ行っていない。


廊下に出た。帝都の夜が窓の外にあった。儀式まで、あと七日。あの冷たい気配のことを、今夜はまだルイに言わなかった。

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