表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獄炎の姫君〜失意の底で何を思ふ〜  作者: 蕎麦粉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/67

帝国編 41.日常の歩み

次の日の朝、フィンは誰よりも早く食堂に来ていた。


マリーが厨房から出てきて「早いですね」と言うと、フィンが「宮廷では起床時間が決まっている」と言った。「ここでも同じにしてるの?」「なんとなく」。


マリーが「せっかく自由なんだから、もっと寝ていいんですよ」と言い、フィンが「自由というのが、まだよく分からない」と返した。マリーが少し止まって、「じゃあ今日は一緒に市場に行きましょう」と言った。フィンが「買い物か」「違います。見るだけです。ただし何か気になったら教えてください、私が値段を聞きます」「それは買い物では」「見るだけです」。


サラが厨房の入口で腕を組んでいた。「あなたが値段を聞くだけで終わったことないでしょ」「今日は絶対に戻ってくる」「全く懲りてない」。


---


昼前に市場から戻ったマリーの手に、小さな包みが三つあった。


「見るだけだったんじゃないの」とサラが言った。


「これは違うんです。フィン殿下が見つけてくれて——」


「俺は指しただけだ」とフィンが言った。「買えとは言っていない」


「でも指してくれたじゃないですか」


「それはそうだけど」


ガンスが包みを一つ取り上げて「なんだこれ」と言った。マリーが「干し果物です、甘いんですよ」と言い、ガンスが一つ口に放り込んだ。「……まあ悪くないな」「でしょう!」。フィンが「それは俺が選んだやつだ」と言った。


「お前、食い物の目利きだけはあるじゃないか」


「だけは、というのはどういう意味だ!」


ガンスが笑った。声を出して笑ったのを、レイアは久しぶりに聞いた気がした。フィンも笑っていた。少しだけ、宮廷にいる時とは違う顔なんだろう。


---


---


夕方、フィンが宿の外階段に座っていた。


レイアが通りかかって、止まった。フィンが「座ってもいい?」と聞いた。レイアが「どちらかといえば私が聞く側では」と言い、フィンが「そうか」と言って少し横にずれた。


二人で帝都の夕暮れを見た。空が橙から紫に変わっていた。


「一つ聞いていい?」とフィンが言った。


「何」


「龍人族は神に祈らないって、本で読んだ。本当?」


少し間があった。


「……うん。私たちには龍神がいるから」


「龍神に祈るの?」


「祈るというより——話す。頼むというより、一緒に考える、みたいな感じに近い。うまく言えないけど」


フィンが「なるほど」と言った。「俺も、あまり神に祈れなくなった」


「なぜ」


「父上が病んでから」


それだけ言って、フィンは帝都の灯りが灯り始めた方向を見た。「祈っても、何も変わらなかった。だから、どうすればいいのか分からなくなった」


レイアは何も言わなかった。言えなかった——というよりは、言う必要がないような気がした。


「でもお前のところの龍神は、話を聞いてくれるんだろ」とフィンが続けた。


「……聞いてくれる。答えは、すぐにはくれないけど」


「それでいい気がする」


---


夜、食堂に全員が揃った。


ガンスがいつもより大盛りのスープを頼んでいた。マリーが「食べすぎですよ」と言い、ガンスが「腹が減ってんだ、ほっとけ」と言った。サラが「一日中何もしてないのにどこで消費してるの」と言い、ガンスが「考えるのに使うんだよ」と返した。サラが「何を考えてるわけでもないだろうに」とぼやいていた。


フィンがその会話を聞きながら、スープを飲んでいた。


しばらくして、ガンスがふと口を閉じた。何かを言いかけて、止まった。それからぼそっと言った。


「……なんかいいな」


全員が少し止まった。


「こういう感じ。嫌いじゃない」


誰も笑わなかった。サラが「珍しいこと言うじゃない」と言いかけて、やめた。マリーが下を向いた。フィンが自分のスープに目を戻した。


ガンスが「なんだよ、言うなよそういうこと」と言い、また大盛りのスープを食べ始めた。


---


部屋に戻った。


廊下の窓から帝都の夜が見えた。儀式の準備が進んでいるのか、遠くの宮廷の方角に灯りが増えていた。


——失うものが、増えた。


ゴルンを出た時はこんなではなかった。仲間は仲間だったが、失うと思っていなかった。失うことを、考えていなかった。今は違う。ガンスの笑い声が、マリーが市場で見つけた包みが、フィンの「なるほど」が——全部、なくしたくないと思っている。


なくしたくない、と思っていた。初めて、はっきりとそう思っていた。


儀式まで、あと七日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ