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獄炎の姫君〜失意の底で何を思ふ〜  作者: 蕎麦粉


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帝国編 28.焚火の夜

その夜は、珍しく全員が宿に揃った。


合同依頼の合間で、翌日に予定はない。ガンスが「酒買ってきた」と言いながら宿の食堂に現れたのが夕暮れ頃で、気づいたら全員が丸テーブルを囲んでいた。


「んじゃ、乾杯」


ガンスが盃を掲げた。理由は特にない。




「聞けよ、これが笑えるんだ」


ガンスが話し始めると、場の空気が変わる。身振りが大きくなって、声が一回り大きくなって、しかしそれが不快でなく、引き込まれる種類のうるささだった。


「俺が冒険者始めて最初の依頼がよ、荷物護衛だったんだけど——荷物がな、鶏だったんだよ。百羽くらい入った檻を三つ。道中で檻が壊れてよ、鶏が全部逃げてよ——」


「それで?」サラが先を促した。


「俺一人でな、四時間かけて全部捕まえたんだわ。丸々一日かけて護衛した荷物は全部無事だって言ったら、依頼主が首かしげてよ。『護衛はいらなかったんだが』って」


マリーが吹き出した。


「護衛じゃなくて鶏追いが本体じゃないの!」


「そうなんだよ。最初から鶏追いの依頼だって言えよって思ったけど——まぁ、日当は出たからいいか、って」


「よくないでしょ」


サラが呆れた顔で言ったが、口の端が上がっていた。


レイアは盃を両手で持って、テーブルの端から話を聞いていた。笑いはしない。しかし聞いている。ガンスの話は、次に何が来るか読めない。それが少しだけ、面白かった。


「あとな、これも初期の話なんだけど——洞窟の調査依頼で、奥まで行ったらでかい熊が冬眠してて、起こしちまったことがあってよ」


「それは笑えない」ルイが苦笑した。


「笑えないんだわ、当事者は。でも逃げながら後ろ振り返ったら熊もまだ眠そうな顔してんの。寝ぼけたまま俺追いかけてんの。かわいいだろ」


「全然かわいくない」とサラ。


「かわいいって。口から涎たらしながら追いかけてくんだよ。寝ぼけた熊に全力で追いかけられた男は俺くらいじゃねえかな、この帝国で」


「絶対いないわね」とマリー。


笑い声が上がった。


レイアは視線をテーブルの木目に落として、盃を少し傾けた。


——悪くない夜だ。


そう思ってから、思ったことに少し驚いた。




話が一段落したところで、ガンスがふとレイアの方を見た。


「そういや、お前はなんで冒険者やってんだ?」


「……探し物がある」


「探し物」


「うん」


「何を」


「……それはまだ」


ガンスは少しの間レイアを見てから、「そうか」と言った。


「俺も最初はそんな感じだったわ。探し物ってほどでもないけど——まぁ、なんか引っかかって、気づいたら続けてた感じだな」


「今は?」


聞いていた。


「今は」とガンスが盃を傾けた。「もうここが居場所だから、ってだけかな。月夜の船で仕事してれば、まぁいいかって思える」


「そんな理由なの」


「そんな理由。深いことはよく分からん」


サラが横から「嘘つかないでよ」と言いかけた。


「ガンスはね、昔——」


「言うな」


ガンスが静かに、しかしはっきりと言った。


マリーがその横で小さく笑っていた。止めなかった。サラが少し口を尖らせて「……別にいいじゃない」と言ったが、それ以上は続けなかった。


沈黙が落ちた。


重くはない沈黙だった。炎が揺れる音がして、誰かが盃を置く音がして、それだけだった。


「まぁ」


ルイが口を開いた。


「それぞれの事情で動いてるのが月夜の船だから。それでいいんじゃないか」


「そうね」とマリー。


「まぁな」とガンス。


サラは何も言わなかったが、否定もしなかった。


レイアは盃を両手で持ったまま、少しだけ視線を上げた。灯りが暖かかった。




夜が深くなって、自然に解散した。


部屋に戻って、レイアは寝台の端に座った。


——龍人族が何故滅びたかを知りたいんです。


ドージの声が、ふと戻ってきた。


誰かが知りたがっている。自分以外の誰かが。


里が燃えた夜のことを、自分以外の誰かが——形は違えど——追いかけている。その事実が、少しだけ奇妙な感触を残した。不快ではない。ただ、奇妙だった。


明日、研究室に行く。


それだけは決まっていた。


窓の外で風が鳴った。帝都の夜は遅くまでどこかで灯りがついている。レイアはしばらくその音を聞いてから、横になった。


——悪くなかった。


今夜のことを、もう一度そう思った。

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