帝国編 25.蛇の骸
木の間を抜けると、開けた場所に出た。
でかい。
剥皮蛇王の本体がそこにいた。体長が十メートルを超えている。鱗が赤黒く、光を吸い込むような色をしている。頭が人の胴ほどの大きさがある。目が二つ、金色に光っている。
その目が、レイアを捉えた。
——重い。
視線だけで重い。本能が警告を出している。これは強い。抜け殻とは比べ物にならない。
ルイが右から斬りかかっていた。素早い踏み込みで首元を狙う。しかし本体の鱗に刃が滑った。弾かれた。
本体が尾を振った。
ルイが弾き飛ばされた。背中から木に当たって、落ちた。
「ルイ!」
「問題ない!」
ルイが立ち上がった。腕を抑えている。傷はあるが動ける。声に迷いがない。しかし本体がルイに向かっていた。
レイアが間に入った。
本体が頭を振り下ろしてきた。受けずに横に躱した。首の側面に刃を入れた。
硬い。
鱗が分厚い。刃が滑った。浅い傷しかつかない。
——どこが弱い。
距離を取って、本体を見た。
鱗の並び方を観察する。全体的に隙がない。しかし一箇所——首の側面の、鱗の向きが変わっている場所がある。鱗が薄く、重なり方が他と違う。
——そこだ。
「首の側面、鱗の向きが変わってる場所が弱い!」
「聞こえた!」
ガンスが斧を肩から下ろした。構え方が変わった。さっきより低い。重心を落として、地面を踏みしめる。大型の魔物に対する構えだ。
「いくぞ!」
正面から突っ込んだ。
本体の視線がガンスに向いた。ガンスが叫びながら斧を叩き込んだ。鱗に弾かれる。それでもひるまない。また叩く。また叩く。注意を引き続けた。
——囮になってる。
ルイが左から回り込んだ。首の側面を狙う。
レイアは右から入った。
鱗の隙間に刃を差し込んだ。今度は深く入った。本体が痙攣するように体をよじった。
「今だ!」
ルイが叫んだ。
ガンスが斧を高く上げた。跳んだ。本体の首の上から斧を叩き込んだ。
重い音がした。
金属が骨に当たる音だ。
本体の動きが——止まった。
どさり、と倒れた。地面が揺れた。立っていた木が揺れた。鳥が一斉に飛び立った。
しばらく、誰も動かなかった。
ガンスが大きく息を吐いた。
「……でかかったな」
「死んでる?」
サラが後方から走ってきた。息が少し上がっている。
「動いてない」
ルイが確認した。それから腕を確かめた。打撲がある。動かすと痛いらしく、少し眉を寄せた。
「ルイさん、こちらへ」
マリーが来た。ルイの腕に手を当てた。
「——癒やしの光よ、傷を閉じたまえ」
静かな詠唱が出た。白い光がルイの腕を包んだ。ルイが少し目を細めた。痛みが引いているのだろう。
「ありがとう、マリー」
「もう少しだけ動かさないでくださいね。ガンスさんも足を見せてください」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃない裂傷があります」
「……はい」
ガンスが素直にマリーの前に座った。また詠唱が始まった。丁寧に、確かめるように。
レイアは本体を見ていた。
でかかった。
鱗が硬かった。尾の一振りでルイが吹き飛んだ。あの一瞬、間に入れていなかったら——と考えて、やめた。間に入れた。それでいい。
月夜の船の動きを振り返った。
サラの射撃が正確だった。火属性と氷属性を状況で使い分けて、マリーの支援と組み合わせていた。連携が練られている。マリーの詠唱は短縮版と通常版を使い分けていた。余裕があれば丁寧に、緊急なら速く。それだけで効果が変わるのだろう。ガンスは囮になることを厭わなかった。怖くないわけがない。それでも動いた。ルイは全体を見ながら動き、弱点の情報を一瞬で把握して指示を出した。
それぞれが役割を把握して、お互いを信頼して動いていた。
——チームだ。
「レイア」
ガンスが言った。
「さっき弱点を叫んでくれただろ。あれがなかったらもっとかかってたぞ」
「気づいたから言っただけ」
「それでいい」
ガンスが笑った。豪快な笑い方だった。
「チームってそういうもんだ。気づいたことを言う。できることをやる。それだけでいい」
レイアは何も言わなかった。
チーム、という言葉が、しばらく頭の中に残った。
帰り道は、来たときより少し賑やかだった。
ガンスが「今日は酒だな」と言い、サラが「報告書が先でしょ」と言い、マリーが「どちらも大切ですよ」と言った。ルイが「まずは組合に報告だ」と言って収めた。
いつもの感じだ、とレイアは思った。
——いつもの。
いつもの、と思えるようになっていた。
帝都の南門が遠くに見えてきた頃、サラが隣に来た。
「さっきありがとね」
「何が」
「抜け殻の処理、速かったから。私一人だと間に合ってなかったかもしれなくて」
「別に」
サラが少し笑った。
「その『別に』、だいぶ慣れてきた」
「……そう」
「悪い意味じゃないよ」
サラが前を向いた。少し間があってから、続けた。
「最初、あんたのことよく分からなくて。強いし、何考えてるか見えないし。依頼のときも一人で動く感じがして」
「今も大体そうじゃない」
「そうなんだけど……今日は違った気がした」
レイアは前を向いたまま歩いた。
「さっき、残りが二体になったとき。二手に分かれようとしたら、あんたの方が先に動いてた。声かける前に、こっちが何しようとしてるか分かってたみたいで」
「見れば分かる」
「それがチームっぽかったなって」
——チーム。
さっきもガンスが言っていた。
レイアは少し考えた。今日の動きを振り返った。サラが矢を放つタイミングに合わせて炎を当てた。マリーが光を出す前に次の標的に動いた。誰かに言われたわけではない。見ていたら分かった。
それは、チームに入っていたということなのか。
「……そうかもね」
サラが少し目を丸くした。
「珍しい返し方した」
「そう?」
「いつもと違う」
「そっか」
「……うん」
なんとなく、二人で笑った。声を立てるほどではない。ほんの少し、表情が緩んだだけだった。しかしそれは確かにあった。
組合に報告を終えて、近くの酒場に入った。
ガンスが酒を頼んだ。サラが渋々つき合った。マリーがお茶を頼んだ。ルイが水を頼んだ。レイアも水を頼んだ。
「いいチームだったな、今日は」
ガンスが言った。
誰も否定しなかった。
「次の依頼も一緒に来るか」
ルイが聞いた。
少しだけ考えた。
「……いく」
「よし」
ガンスが杯を上げた。
サラが「また来るの」と言いながら、口の端が上がっていた。
レイアは水を飲みながら、その輪を見渡した。
端ではなかった気がした。
どこにいたんだろう、と少し思った。
——分からないけど。
悪くは、なかった。




