帝都編 24.蛇の躯
組合の掲示板に、討伐依頼が出ていた。
帝都南西の森に、大型の魔物が出没している。街道を通る商人が二件、冒険者パーティが一件——全員が半死半生で帰ってきた。共通しているのは、「皮だけになった蛇が複数体、動き回っていた」という証言だ。依頼ランクはB。
月夜の船がその依頼を受けようとしていた。
「レイアも来ないか」
ルイが言った。
「私も?」
「Bランクだ。人数はあった方がいい」
レイアは掲示板を見た。断る理由を探した。
——ない。
「分かった」
ルイが少し目を動かした。意外だったらしい。
「そうか。じゃあ行くぞ」
帝都の南門を出ると、街の密度が一気に薄くなった。
石畳が途切れ、土の街道に変わる。両脇に広がる畑には農夫が出ていて、朝の作業をしている。空が広い。帝都の中にいると忘れかけていた感覚だ。
しばらく歩くと、道の向こうに森が見えてきた。針葉樹が密集していて、昼間でも中が暗い。枝が重なり合い、空を塞いでいる。
「魔物の種類は剥皮蛇王か」
ガンスが首を鳴らしながら言った。大きな体に見合う重厚な斧を、肩に無造作に担いでいる。
「知ってるの?」
サラが聞いた。
「昔、別の場所で一回だけ遭ったことがある。厄介なやつだぞ。脱皮するたびに、抜け殻が独りでに動き出す。皮だけなのに目があって、動いて、噛みついてくる。本体を仕留めても抜け殻が残ってるから、そっちも全部潰さないといけない」
「報告によれば本体が一体、抜け殻が既に三体確認されている」
ルイが手元の依頼書を見ながら言った。短く刈り込んだ髪、余分な装飾のない剣装備。冒険者というより、整然とした軍人に近い雰囲気がある。
「三回以上脱皮してる。今頃もっと増えてるかもしれない」
「嫌な話ね」
マリーが静かに言った。白い聖衣に金の縁取り。腰に短剣を一本差しているが、戦闘向きの装備ではない。それでも動じた様子がない。
レイアは森の入口を見た。
気配を探った。
——いる。奥の方に大きいものが一体。それと、周囲に散らばっている小さなもの。数えると……五、六体。大きいものとは質が違う。薄い。しかし確かに動いている。
「本体は奥にいる。抜け殻は周囲に六体」
全員が止まった。
「どうやって分かるんだ」
ルイが聞いた。
「感じ取れる」
「感知系の能力か」
「……まあ」
サラが「本体と抜け殻、気配の違いはあるの?」と聞いた。弓を背負い、腰に矢筒を二本。矢の羽根に複数の色が混じっている——矢の種類を使い分けているらしい。
「本体の方がずっと大きい。抜け殻は薄い。でも、ちゃんと動いてる」
「薄くても動いてるのが厄介なんだよな」
ガンスが斧の柄を握り直した。
「方針を決める」
ルイが全員を見渡した。
「まず周囲の抜け殻を処理してから本体に当たる。抜け殻を残して本体に向かうと背後を取られる。サラは遠距離から抜け殻の動きを止めてくれ。マリーは支援と回復に徹してくれ。レイアは——どう動ける?」
「どこでも」
「では抜け殻の処理を頼む。俺とガンスで本体を引き付ける」
「分かった」
森に入った。
足元が柔らかい。腐葉土に葉が積もっていて、足音が吸われる。木の間から見える空が狭い。湿った空気に、かすかに生臭い匂いが混じっている。獣の臭いとは違う。もっと古い、死に近い匂いだ。
——これが剥皮蛇王の臭いか。
最初の抜け殻は、街道から三十歩ほど入ったところにいた。
人の胴ほどの太さの蛇の皮が、地面を這っていた。
目がある。
皮だけなのに、目がある。虚ろな金色の目が、こちらを向いた。中身のない皮が、それでも息をしているかのように膨らんだり縮んだりしている。
——気持ち悪い。
思った。口には出さなかった。
抜け殻が動いた。速い。本体より細い分、動きが軽く、予測しにくい。地面を低く滑るように来る。
レイアは前に出た。刀を横に払った。抜け殻が斬れた——二つに分かれた。しかし動きが止まらない。割れた両側がそれぞれ別の生き物のように動き続けた。
「斬っても死なないわよ!」
後方でサラが叫んだ。
すでに弓を構えていた。矢を番えている。矢羽根が赤い——火属性の魔術矢だ。
「——燃ゆる矢よ、敵を貫け」
短い詠唱が口から出た。矢羽根が一瞬、赤く光った。
放った。
矢が抜け殻の中心を貫いた。着弾した瞬間に炎が弾けた。皮が燃えた。動きが止まった。
「火が有効よ!燃やして!」
「分かった」
レイアは魔力を指先に集めた。炎を作った。小さくていい。割れたもう片方の抜け殻に向けた。炎が皮に触れた瞬間、動きが止まった。灰になった。
「燃やせば倒せる」
「そう!本体は燃やしても再生するから斬るしかないけどな!」
ガンスが前方で叫び返した。
抜け殻の処理に時間がかかった。
六体と思っていたが、移動しながら増えていた。本体がまた脱皮したのか、それとも数え間違えていたのか。気配が薄いから掴みにくい。
サラが前方の抜け殻に向けて矢を番えた。
「——水よ、凍てつけ」
今度は矢羽根が青白く光った。放つと、着弾した場所から氷が広がった。抜け殻の動きが一瞬固まる。
「今!」
レイアが炎を当てた。固まっているところに炎を叩き込むと、皮が一気に燃え上がった。
「それ有効ね」
「そうみたい」
サラが次の矢を番えながら言った。動作に迷いがない。射る、詠唱する、放つ——その流れが滑らかで無駄がない。
マリーが後方で両手を組んだ。静かな声が出た。
「清き光よ、我らを照らし、邪なるものを退けたまえ」
詠唱が短い。しかし口調が丁寧で、言葉一つ一つを確かめるように発音する。光がにじみ出た。周囲に広がる。抜け殻の動きが鈍った。
「今です」
「分かってる」
レイアとサラが同時に動いた。
三体を処理した。残り二体。
「マリーさん、三時方向!」
「はい——」
また詠唱が始まった。今度は短縮版だ。緊急時の詠唱がある、ということか。光が走った。抜け殻が止まった。
レイアが炎を当てた。
一体、灰。
「あと一体!」
サラが叫んだ瞬間、奥から重い音がした。
地響きのような音だ。枝が揺れた。鳥が飛び立った。
「本体が動き出した!」
ルイの声だ。前方で何かが激しく動いている。木が揺れている。
——まずい。抜け殻がまだいる。
「サラ、任せていい?」
「行って!」
レイアが走った。




