帝国編 17.龍と帝国
帝都が見えたのは、三日目の昼過ぎだった。
最初は、地平の向こうに灰色の塊があるように見えた。山かと思った。しかし山にしては輪郭が整いすぎている。近づくにつれ、それが壁だと分かった。
城壁だ。
「おう、見えてきたな」
ガンスが窓から顔を出した。
「デカいだろ。初めて来たときびっくりしたわ」
レイアは窓から外を見た。
城壁は、ゴルンのものとは比べ物にならない高さだった。石が積み上げられ、上部に衛兵の姿がある。豆粒のように小さく見えるが、それだけ城壁が高いということだ。
馬車が街道を進むにつれ、人の数が増えてきた。同じ方向へ向かう荷車、馬、徒歩の旅人。帝都へ向かう流れが、川のように集まってくる。
「ゴルンの五倍かぁ」
レイアが言うと、ガンスが頷いた。
「もっとかもな。数えたことはないけど」
「数えられるものじゃないんだね」
「そうそう」
城壁の門が近づいてくる。
門の前に衛兵が並んでいる。馬車が列に加わり、少しずつ前へ進む。バーナードが身分証を出し、衛兵と短いやり取りをする。問題なく通された。
門をくぐった瞬間、音が変わった。
人の声、馬の嘶き、荷車の音、屋台の呼び込み——全部が混ざって、低い轟きのような音になっている。ゴルンの市場の賑やかさとは次元が違う。重さがある。
「……でかい」
声に出したつもりはなかった。
「だろ」
ガンスが満足そうに言った。
街を馬車で進んだ。
道が広い。ゴルンの大通りより広い道が、網の目のように張り巡らされている。その両脇に建物が並ぶ。石造りで、三階、四階建てのものも珍しくない。
人が多い。とにかく多い。どこを見ても人がいる。歩いている、立ち止まっている、話している、争っている——色々な人間が、色々なことをしている。
馬車の窓から、噂が断片的に聞こえてくる。
「——第三皇子が」
「——宮廷の人事が変わって」
「——継承の時期が早まるって聞いたぞ」
意味はまだよく分からない。しかし、空気に混じっている。政治の匂いとでも言うのか——ゴルンにはなかった種類の重さが、帝都の空気に溶け込んでいる。
バーナードが前の席から短く言った。
「帝都はいつもこうだ」
「いつも…?」
マリーが聞いた。
「ここに来るたびに、何かが動いている。それが帝都というところだ」
それ以上は言わなかった。
大陸冒険者組合の本部は、帝都の中央区にあった。
馬車が止まり、全員が外に出た。
レイアは建物を見上げた。
大きい。ゴルンの支部の十倍では利かない。石造りの正面に、大陸組合の紋章が掲げられている。中へ入ると、天井が高い。受付が横に広く並び、それぞれの窓口に列ができている。壁には掲示板が何枚も並んでいて、依頼が鈴なりになっている。
「す、ごい……」
サラが小さく言った。
「初めてか」
ルイが聞くと、サラが「うるさい」と言った。
ガンスが「俺も最初はそうだったわ」と言い、サラが「比べないで」と言った。
バーナードは受付の職員に声をかけ、手際よく手続きを始めた。顔見知りらしく、短い挨拶の後すぐに本題に入っている。
「俺たちはここで待機だ」
ルイがレイアとサラとガンスとマリーに言った。
「バーナード支部長と一緒にお前も行くか」とルイがレイアを見た。
「バーナードが決める」
「そうだな」
バーナードが振り返って、レイアに目で合図した。来い、という意味だった。
ルイがついてくる。三人で受付の奥へ進んだ。
待合は広間の隅にあった。
長椅子が並び、何人かの冒険者が依頼を待っている。レイアはその端に腰を下ろした。
ルイが隣に来て座った。
「何か気になるものがあったか」
「いや」
「そうか」
ルイは正面の壁を見た。しばらく、二人とも黙っていた。
組合の中の音が遠く聞こえる。受付のやり取り、書類の音、誰かの笑い声。
「バーナード支部長は、しばらくかかりそうだ」
「そうか」
「帝都の本部は手続きが多い。ゴルンの何倍もある」
「手続きが好きな人間が多いんだな」
「そういうことになる」
短いやり取りをして、また沈黙になった。
悪くない沈黙だった。
バーナードが戻ってきたのは、一時間ほど経ってからだった。
「宿を手配した。今日はそこへ入る。明日の朝、グランドマスターのところへ行く」
「グランドマスターが直接、ですか」
ルイが言った。
「ああ。時間は朝の四半刻後だ。遅れるな」
バーナードはそれだけ言って、出口へ向かった。
レイアは立ち上がり、出口へ向かうバーナードの後を追った。




