表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獄炎の姫君〜失意の底で何を思ふ〜  作者: 蕎麦粉


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/67

帝国編 閑話 仲直り

デニーが復帰したのは、レイアたちが出発して四日後だった。


治癒師のお墨付きをもらい、バートンが「無理するな」と言うのを「大丈夫大丈夫」と流して、三人でいつも通りの依頼を受けた。


ただ、いつも通りではなかった。


「右、魔物三体」


バートンが静かに言う。デニーは頷いて前に出る。剣を抜く。動きは悪くない。体はちゃんと動いている。


ただ、声がない。


普段のデニーなら「任せろ!」とか「こっちはやっとくわ!」とか言う。口が動くより先に体が動いて、気づいたら終わっている。そういうやつだった。


今は、黙って前に出る。丁寧に、確実に、一体ずつ倒す。


それは悪いことではない。しかし、違う。


ノーラは後衛から矢を放ちながら、その背中を見ていた。




依頼を終えて、三人で組合に戻った。


受付に報告を済ませて、いつもなら酒場へ行くか、飯を食いに行くか——そういう話になる。しかしデニーが「今日は先に戻る」と言って、さっさと寮の方へ歩いていった。


ノーラはその背中を見て、バートンを見た。


バートンは何も言わなかった。


「……あんた、何とも思わないの」


「思う」


「じゃあ何か言えば」


「お前が言った方がいい」


ノーラは舌打ちしそうになるのをこらえて、デニーの背中を追いかけた。




寮の廊下でデニーに追いついた。


「ちょっと待って」


デニーが振り返った。顔に警戒が出た——ほんの少しだけ。普段のデニーには絶対にない表情だった。


「なに?」


「なにって……何でさっさと帰るの」


「疲れたから」


「嘘つかないでよ。あんた疲れたくらいで先に帰るやつじゃないでしょ」


デニーは少し黙った。


「……まあ、な」


「何でそんな」


「そんな、って?」


「大人しくしてんの」


また間があった。デニーは壁に手をついて、視線を逸らした。


「……怖いから、かな」


「怖い?」


「お前らに。迷惑かけたし、お前のこと殴ったし。なんか、変に気使わせてもあれだし……どう接したらいいか、分からん」


ノーラは、少しの間何も言えなかった。


それから、じわじわと腹が立ってきた。


「……何それ」


「え」


「何それ。怖いって何。気使わせてるって何」


「いや、だから——」


「あんたがそうやって変に縮こまってる方が、よっぽど気使うわ」


デニーが口を閉じた。


「ずっと思ってたけど、依頼中も黙ってるし、終わったらさっさと帰るし、あんたじゃないみたいで——」


声が少し上ずった。ノーラは自分で気づいて、余計に腹が立った。


「ねえ、怒っていい?」


「え、いや、もう怒ってるじゃ——」


「ちゃんと怒っていい?」


「……どうぞ」


「あんたが殴ったことに怒ってんじゃないから!薬のこと、自分でどうにもできなかったのは分かってるから!そこに怒ってないから!」


「じゃ、なんで——」


「今のあんたに怒ってんの!」


廊下に声が響いた。向こうから誰かの足音がして、角を曲がって来た人間がノーラたちを見て足を止め、察したように踵を返した。


ノーラは構わなかった。


「ずっと申し訳なさそうにして、ちょっとしたことで顔色窺って、でも何も言わないで。そっちの方がずっと嫌。私はあんたに普通にしてほしいの。怒鳴って、笑って、うるさくして、余計なこと言って——いつも通りにしてほしいの」


「でも、俺は——」


「謝りたいなら謝ればいい。でもそれが済んだら、いつも通りにしてよ。あんたがへらへらしてなきゃ、パーティーじゃないから」


デニーは黙っていた。


壁に手をついたまま、床を見ていた。


「……お前に謝りたい」


「知ってる」


「殴ったこと」


「知ってる」


「本当に申し訳なかった」


「……うん」


ノーラは一度深呼吸した。


「受け取った。終わり」


「終わり?」


「終わり。次は立って」


デニーは顔を上げた。ノーラと目が合った。


ノーラはまだ少し怒った顔をしていた。しかし目は、怒っていなかった。


「……ありがとう」


「あと一個だけ」


「え」


「一発殴らせなさい」


「は?」


「一発だけ。殴らせなさい」


デニーが肩を差し出した。ノーラが拳を作って、一発、肩を殴った。手加減はなかった。デニーがよろけた。


「いって……」


「これで終わり」


ノーラは拳を開いて、息を吐いた。少し、すっきりした顔だった。


デニーが、少しだけ笑った。


ちゃんとした笑い方ではなかった。まだ引きつっている部分があった。それでも——いつものデニーの笑い方に、少し近かった。


「バートン、待たせてるな」


「どうせ壁際に立って腕組んで待ってる」


「あいつはそういうやつだ」


「そういうやつ」


二人で廊下を歩き始めた。


肩が並んだ。それだけで、何かがもとに戻り始めた気がした。全部じゃない。まだぎこちない部分がある。しかし、少し動いた。


一階の曲がり角を曲がると、バートンがちょうど壁際に腕を組んで立っていた。


二人を見て、短く頷いた。


「飯、行くか」


デニーが答えた。


「行く」


声がいつもより少しだけ大きかった。バートンはそれに気づいた様子だったが、何も言わなかった。それが正解だった。


三人で、いつもの店へ向かった。




バートンは、廊下のやり取りを途中から聞いていた。


追いかけてきたノーラの背中を見送って、しばらくしてから階段を上がった。聞こえない距離ではなかったが、近づかなかった。


ノーラが一発殴ったとき、バートンは壁の陰で少しだけ目を細めた。


あれはノーラなりの区切りだ。謝罪を受け取って、でもそれだけじゃ終われなくて——怒りをちゃんと体で返した。受け取ったことにして流すんじゃなく、ちゃんとデニーに渡した。


ノーラはそういうやつだ。


言葉より先に感情が動く。不器用で、まわりくどくて、でも根のところは真っ直ぐだ。


デニーも、分かっていたはずだ。あの「分かった」という返し方が、そのまま答えだった。


バートンは壁から離れて、一階へ降りた。


いつもの位置で待った。


二人が降りてきたとき、デニーの声が少しだけ大きかった。それだけで十分だった。


何も言わずに、「飯、行くか」と言った。それが今、バートンにできる一番いいことだと思ったから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ