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獄炎の姫君〜失意の底で何を思ふ〜  作者: 蕎麦粉


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帝国編 閑話 3人の思惑

馬車が見えなくなった後も、三人はしばらく組合の前に立っていた。


誰も何も言わなかった。言い出す者がいなかった、というより——言葉が見つからなかった。


最初に動いたのはノーラだった。


「……戻ろ」


それだけ言って、歩き始めた。デニーとバートンがついていった。




デニーは午後、一人で川沿いを歩いた。


特に行き先があったわけではない。ただ部屋にいる気になれなかった。体はもう動く。魔力経路も、治癒師の話では「ほぼ元通り」らしい。しかし何かが、まだ元通りではない気がしていた。


川の水面を見ながら、あの森の日のことを思い出した。


自分が何をしていたか、断片的にしか覚えていない。声が聞こえていたこと。その声が正しいと信じていたこと。ノーラを殴ったこと——それだけは、はっきり覚えている。手の感触が、まだ残っている気がする。


「……最悪だな」


声に出して言った。川が答えるわけもない。


レイアのことを考えた。


森で気絶させられたことは恨んでいない。むしろあれがなければ、もっと悪いことになっていた。そのくらいの判断はつく。ただ——あいつのことを、自分はほとんど何も知らなかった、と今更ながら気づいた。


同じ時間を過ごしていたはずだ。飯を食って、依頼をこなして、酒場で話して。それなのに、何者なのかがまるで分からない。


帝都へ行った。それだけが分かっていることだ。


「また会えんのかな」


誰にも届かない声で言って、石を一個川に投げた。


ぽちゃん、という音がして、波紋が広がって、消えた。




ノーラはその夜、久しぶりに弓の手入れをした。


部屋の隅に立てかけたまま放置していた。戦闘があったのに手入れをしていなかった——それに気づいたのが今日だった。


弦を確かめながら、あの森の夜を思い出した。


レイアに声をかけたのはノーラだった。組合の前の廊下で、頬がまだ痛かった夜。隣に来て「付き合う」と言ったとき——レイアの言い方は不器用で、愛想もなかった。でも嫌じゃなかった。


あいつは変なやつだ、とノーラは思っていた。


口数が少なくて、感情が読めなくて、何を考えているのか分からない。強いくせにそれを誇らない。礼を言っても「別に」しか言わない。


でも、あの夜、廊下で隣に座っていてくれた。


それだけで、十分だった。


弓の弦を弾いた。乾いた音がした。


「……うまくやってんのかな」


声に出したら、少し恥ずかしくなった。誰もいなくてよかった、と思った。




バートンは夕食の後、組合の掲示板を眺めていた。


依頼がいくつか貼り出されている。C級向けのものが多い。デニーのランクは変わっていないが、当分は無理に動かない方がいいだろう。ノーラも気持ちの整理がついていない。


しばらくは、ゆっくりするしかない。


掲示板の端に、新しく貼られた一枚があった。ゴルンからいくつかの街への護衛依頼だった。依頼主の名前は知らない商人だったが、経由する街の名前に目が止まった。帝都方面への街道沿いだ。


「……関係ないな」


呟いて、視線を外した。


レイアのことは、正直なところよく分からなかった。あれだけのことをやってのけて、翌朝には何事もなかったように飯を食っていた。泣くでも騒ぐでもなく、淡々としていた。


ただ、デニーのことを森まで追いかけていったのは、依頼でも義務でもなかったはずだ。


それだけは分かった。


あとのことは——分からなくていい、とバートンは思っていた。人の事情は、本人以外には分からないものだ。それよりも、今は目の前のことをやる。デニーが回復するまで待って、ノーラが落ち着くまで待って、また三人で動き始める。


それだけだ。


掲示板から離れて、部屋へ戻った。


廊下を歩きながら、ふと思った。


あいつはどこへ向かっているのか——帝都、というのは分かっている。しかしその先は。使徒、とデニーが言っていた言葉を、レイアが聞いたとき、一瞬だけ目が変わった。ほんの少しだけ。そのことを、バートンはまだ覚えていた。


扉を開けて、部屋に入った。


窓から夜空が見えた。


「……達者でな」


誰にも届かない言葉を一つ落として、バートンは扉を閉めた。

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