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獄炎の姫君〜失意の底で何を思ふ〜  作者: 蕎麦粉


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帝国編 13.龍は終わりを知らず

こんちは!書きためてた小説を大放出いたします!

みんな大好きご都合主義なろう世界へ!レッツゴ〜!

夜が明けた後の戦場は、静かだった。


静か、というのは正確ではないかもしれない。負傷者の呻き声が聞こえる。指示を飛ばす声がある。荷車の車輪が石畳を引っ掻く音がある。しかしそれらは全部、どこか遠い音のように聞こえた。戦闘の喧騒が消えた後の空白が、まだ耳に残っているせいだ。


バーナードは夜明けから動き続けた。


負傷者の優先度を分けて、治癒師へ回す。死者の数を確認し、名前を記録する。崩れた外壁の箇所を把握し、応急処置の職人を手配する。魔力痕の残る地点に印をつけ、後の調査に備える。一つ終われば次、また次と、手が止まる間がない。


「商会長の遺体が見つかりました」


部下が報告した。


「確認したか」


「はい。魔物に踏まれた跡が——かなり、損傷が激しい状態です」


「記録に残しておけ。然るべき手続きを踏む」


それだけ言って、バーナードは次の書類へ手を伸ばした。


感情を挟む隙がないほど仕事が多い。それはある意味で、助かることだった。


ルイが近づいてきた。顔に疲労が滲んでいるが、目はまだ覚めている。


「側近の痕跡は」


「ありません。記録上からも消えています。事務所に残っていた名刺以外、彼が存在した証拠が何もない」


「……そうか」


バーナードは一度だけ目を閉じた。


「いったい……なんだったんだろうな」


疲れた声だった。商会長の死、薬の流通、宣戦布告、ワイバーン——全てが繋がっていながら、糸の端を引いた者だけが消えた。


「捜査は続ける。ただ、今日のところは——」


「はい。今日は片付けを終わらせます」


ルイは踵を返した。バーナードは再び書類に向かった。




デニーが目を覚ましたのは、戦闘が終わった翌朝だった。


処置室の天井を見つめて、しばらく動かなかった。記憶がある。全部ではない。断片が、霧の中に浮かんでいるように見える。


森に行った。小瓶を持っていた。声が聞こえていた。


ノーラを、殴った。


「……起きた?」


扉の隙間から、ノーラの顔が覗いた。目が腫れている。頬に薄く残った痕は、もうほとんど消えかけていた。


デニーは口を開こうとして、何も言えなかった。


「水、持ってくる」


ノーラは扉を閉めた。足音が遠ざかる。


デニーは天井を見たまま、ゆっくりと手を持ち上げた。自分の手だ。ちゃんと動く。しかし、見慣れたはずの手が、どこか遠い人間のもののように見えた。


ノーラが水を持って戻ってきた。寝台の脇に置いて、椅子を引いて座る。


「……ごめん」


デニーがようやく言った。


ノーラはしばらく何も言わなかった。


「ばか」


一言だけ言って、窓の外を見た。


それきり二人は黙っていた。しかし沈黙は、拒絶ではなかった。


バートンが後から顔を出した。デニーを見て、軽く頷く。言葉はない。それで十分だった。


ギルドの中では、デニーの処遇を巡る話し合いが静かに始まっていた。薬による支配があったこと、本人の意志ではなかったこと。しかし被害を出したことも事実だ。バーナードはすぐには結論を出さなかった。




商会の記録を洗う作業は、戦闘の翌日から始まった。


ルイが中心になって、事務所に残っていた書類の断片、取引先への聞き取り、薬の出荷記録——全部を並べていく。見えてきたのは、計画の大きさだった。


薬は一か月以上前から、少しずつ、複数の経路で流通していた。一つの商会がやったにしては手が込みすぎている。裏に資金を流していた口座が、正規の帳簿には載っていない。依頼票に書き換えられた形跡がある。


側近の名は、断片的にしか出てこない。受取人リストの隅に、細い字で記されたもの。紹介状の裏に走り書きされたもの。どれも、見ようとしなければ見落とす場所にある。


「これだけ用意周到なのに」


ルイは書類の山を前に独り言のように言った。「商会長の名前だけ表に出して、自分は裏にいた」


答えてくれる者はいない。ただ、書類が積み上がっていく。




レイアは、街の外れにある古い文書保管所へ行った。


ギルドの仕事でもない。誰かに頼まれたわけでもない。ただ、行かなければならない気がした。


呪殺教団の長が口にした断片。邪神の声。暗黒大陸からきた術師。使徒との繋がり——全部がまだ、霧の中にある。


保管所の棚を端から探した。古い航路図、交易の記録、冒険者の手記。その中に、古い写本が一冊あった。表題はない。ページを開くと、焼けて縁が崩れかけている。


読める部分だけを追う。


龍の血を引く者は——とある。


その続きが、焼けて消えていた。


次のページ。


根源より生まれし力は——龍神の意志を継ぎ——


また途切れる。


レイアはページを閉じた。


答えはなかった。しかし、何かがある、という感触はある。初代龍神があの夜に語りかけてきたこと。源龍砲を撃った後に揺れた、あの引力。龍の血が、何かを知っている。まだ言葉になっていない何かを。


外に出ると、夕暮れだった。


街は静かに動いている。負傷者の搬送、崩れた石畳の修復、避難していた住民が少しずつ戻ってくる気配。日常が、ゆっくりと戻ってくる。


使徒は、まだいる。


邪神と呼ばれるものが、まだどこかにいる。


商会長は死んだ。しかし計画は商会長一人のものではなかった。薬の流通経路、側近の消えた痕跡、あの名刺の歪んだ筆跡——全部、続きがある。


レイアは夕暮れの空を見上げた。


艶桜の春が終わった日から、ずっと歩いてきた。里を出て、街に降りて、名も知らない人間たちの中で、名も知らない依頼をこなしてきた。


それが無駄だったとは思わない。


デニーの手首に触れたとき、あの腐った糸の感触を知った。呪殺教団の長を問い詰めたとき、声の仕組みを知った。源龍砲を放ったとき、自分の中にある引力の深さを知った。


一つずつ、近づいている。


遠い、と思っていたものが、少しずつ輪郭を持ち始めている。


「……まだ先がある」


声に出さずに、口だけが動いた。


足を踏み出した。夕暮れの石畳が、かすかに温かかった。




その夜、街から遠い場所で、男は燭台の前に座っていた。


机の上に書類が一枚。インクが乾いている。読み終えたのか、書き終えたのかは分からない。


男はそれを燭台の火に翳した。


紙が燃える。端から黒くなり、灰になる。全部が消えるまで、男は手を離さなかった。


「始まったばかりだ」


誰もいない部屋で、静かに言った。


「計画は、動いている」


灰が、床に落ちた。

さてさて!楽しんで頂けましたでしょうか!おもろいやん!頑張ってくれぃ!等のお気持ちがあればぜひ評価の方お待ちしております!それではまた次回お会いいたしましょう!

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