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獄炎の姫君〜失意の底で何を思ふ〜  作者: 蕎麦粉


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帝国編 9.龍と友

こんちは!書きためてた小説を大放出いたします!

みんな大好きご都合主義なろう世界へ!レッツゴ〜!

23話


ギルドの処置室は、夜になると薄暗くなる。


壁際の燭台だけが、寝台の上のデニーをぼんやりと照らしていた。呼吸は規則的で、傷はない。眠っているだけに見える。


治癒師がすでに一度診ており、「外傷なし、しかし魔力経路に異物反応あり」と報告書に記していた。


「同じような症状が上がり始めています」


ルイは書類を持って処置室の扉を押し開けた。バーナードはすでに中にいた。寝台のデニーを見下ろしながら、腕を組んでいる。


「D級とE級を中心に、今日だけで五名。いずれも数日以内に商会の配給所で薬を受け取った者です。共通しているのは——」


「夢うつつに声が聞こえる、単独行動が増える、仲間の制止を無視する」


ルイは口を閉じた。バーナードが続けた言葉は、書類に書かれていた内容と一致していた。


「把握していたのですか」


「把握ではない。予測だ。こういう話には型がある」


デニーの腕を短く見て、バーナードは顔を上げた。


「連れてきたのは誰だ」


「黒髪の女性だと聞いています。F級の冒険者。名前まではまだ確認できていませんが、森でデニーを気絶させて担いで戻ったらしく——」


「F級が、一人で?」


「仲間の女性と二人でしたが、制圧はその娘が行ったようです。治癒師の話では、神経を一点で断つような打ち方で、刀は抜いていなかったと」


バーナードは少しの間、黙った。


「ローデンが言っていた娘か」


「おそらく」


「話は後だ。今はこちらを動かす」


書類を受け取り、バーナードは執務室へ向かった。




廊下でノーラが壁に背を預けていた。


膝を抱えるでもなく、泣くでもなく、ただぼんやりと床の石を見ている。頬の赤みはまだ消えていなかった。


「飲み物、持ってこようか」


とルイが言うと、ノーラは顔を上げた。初めてルイをまともに見た顔だった。B級の徽章を目にして、一瞬だけ姿勢が正直になる。


「……いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


「無理しなくていい。今夜は長くなる」


「はい」


短い沈黙があった。ルイは廊下の壁に軽くもたれ、処置室の扉を見た。


「デニーくんとは、同じパーティーで?」


「同じD級です。三人で組んでます。……組んでました、になるのかな」


最後の言葉は小さかった。ノーラは自分で言ってから口を噤んだ。


「きっと回復する。今夜は安静にしていれば、朝には目を覚ます」


「……そうですよね」


ノーラは膝の上で手を組んだ。


「あの、一つだけ聞いていいですか」


「なんだ」


「デニーを連れてきてくれたあの人——レイアって、何者なんですか。私と一緒に森に来てくれて、一人でデニーを止めて……でも、何も言わなくて」


ルイは少し考えてから答えた。


「俺にも、まだ分からない。ローデンが気にかけていた、というくらいで」


「ローデンさんが?」


「講習の実地で太刀筋を見たらしい。只者ではないと」


ノーラは少しだけ目を見開き、それからまた床に視線を落とした。


「……そうですか」


それ以上は言わなかった。廊下の燭台が、細く揺れた。




ギルドの一角に、夜遅くまで使われる小部屋がある。


書類の整理や引き継ぎに使う場所で、昼間は混んでいるが夜は人が来ない。レイアはそこで、机の端に腰かけていた。


デニーのことを整理している。処置室に残る気にはなれなかった。


呪術の痕がデニーの体内にあること。薬を媒介にして侵食が起きていること。声が聞こえる、と彼が言っていたこと。


邪神、という言葉。


呪殺教団の長を問い詰めたとき、彼らは「暗黒大陸からきた術師に教わった」と言っていた。そして「邪神の声が聞こえた」と。命令に従って贄を捧げていた。


デニーも同じだ。声が聞こえて、従えば力を得られると信じていた。


仕組みが似ている。でも、方法が違う。


あの教団は呪術を直接使って人を縛っていた。こちらは薬を使う。もっと広く、もっと静かに、気づかれないうちに撒ける。


誰かが考えた、ということだ。


使徒なのか。それとも使徒に連なる別の何かなのか。まだ分からない。でも、無関係だとは思えない。


指先を見た。森でデニーの手首を取ったとき、あの腐った糸のような感触が残っている。


「……次がある」


誰にも聞こえない声で呟いた。


商会の薬はまだ市中に出回っている。回収が間に合わなければ、同じことが続く。デニーが五人になり、五人が二十人になる。


そして誰かがそれを見ている。意図を持って、撒いている。


扉の外から、執務室の方角で書類を捌く音が聞こえた。


レイアは立ち上がり、上着の前を閉じた。


今夜できることはもうない。明日の朝、ギルドの動きを確認して、それから考える。


廊下へ出ると、ノーラがまだ壁際に座っていた。顔色は悪いが、目は覚めている。


「帰らないの?」


「帰れない」


「処置室、ずっと見てなくていいよ。朝になったら目を覚ますよきっと」


「分かってる。でも帰れない」


レイアは少し考えてから、廊下の壁にもたれかかった。隣に立つ形になる。


「……付き合う」


「いいって」


「いい」


「ねぇ...レイアって何者なの。ルイさんが言ってた…ただものじゃないって…」


「私は…ううん。この話はまた今度ね」


それきり二人は何も言わなかった。燭台の明かりが揺れ、外から夜風の音がかすかに届いた。




翌朝。


執務室でバーナードは書類を広げていた。向かいにルイが座っている。


「商会長の事務所へ向かう。今日中に」


「人手は?」


「二人でいい。部隊を組めば気取られる。内密に動く必要がある」


ルイは頷いた。


「それと——昨日の娘のことだが」


バーナードは筆を置いた。


「F級のその娘が何かを知っているかもしれない。デニーを連れてきたのも、状況を把握して動いたのも彼女だ。話を聞いてみろ」


「直接、ですか」


「直接だ。ローデンが気にかけるほどの太刀筋なら、ただの新人ではない。警戒するな。ただ、話を聞け」


ルイはもう一度頷き、立ち上がった。


廊下へ出ると、処置室の前に二人の影があった。


壁にもたれかかって立っているノーラと、その隣に、黒髪の少女。腕を組み、目は半ば閉じている。眠っているかと思ったが、ルイの足音に反応して目が開いた。


静かな目だった。


感情が読めない、というわけではない。ただ、表に出さないことに慣れている目。ルイはその瞳を見た瞬間、一昨日の夕暮れの村の光景と、ローデンの「只者ではない」という言葉が同時に脳裏をよぎった。


「……昨夜はありがとうね。デニーくんを連れ戻してくれたこと。なんだか君は一度見たことがある気がするんだけど…気のせいかな?」


少女はしばらく何も言わなかった。


それから短く言った。


「別に」


ランクも礼儀も関係ない、という顔だった。それがかえって、ルイには自然に感じられた。


「少し、話を聞かせてもらえるかな。昨日の状況と、森で感じたことを」


また短い間があった。


「いいよ」


ルイは息をついた。やっと、話が繋がり始める。




南通りの角は、昼間でも落ち着いた光をたたえている。


商会の提灯が軒下に幾つも吊り下げられ、善意を纏った建物に見える。しかし内側は違った。正面扉は鍵がかかっていない。押せば開く。


「入るぞ」


バーナードの声は低かった。


内部は整然としていた。しかし歩を進めるにつれ、細かなずれが見えてくる。棚に、一列だけ空白があった。


ルイが近づき、棚板を指でなぞる。


「埃がない。最近まで何かがあったはずです。帳簿の類いか、書類の束か」


「抜き取った跡だ」


バーナードは奥の執務室へ進んだ。


机の上にも不自然な空白があった。広い天板の右端に、何かが置かれていた跡が残っている。四角い輪郭が、うっすらと残っていた。


窓の近くに、小さな炉があった。夏には使わぬはずのそれが、最近火を入れられた形跡を残している。かき混ぜた後の白い灰が、底に薄く積もっていた。


ルイが炉を覗き込む。


「なにかを焼いていますね。ここ数日のうちに」


「商会長が戻る気はない、ということだ」


バーナードは机の引き出しを開けた。ほとんどは空だった。だが一番下に、数枚の紙が残っていた。


取引先の覚書と、数個の薬の小瓶。それから一枚の名刺。


商会長の名ではなかった。片面に細い文字で名前と肩書きが書かれている。「補佐官」という肩書きの下に、読みにくい崩し字で記された名前。インクの筆跡は細く、神経質に整っているようで、しかしどこかが微かに歪んでいる。まるで書いた者が、手元を一切狂わせないよう細心の注意を払っていたかのように。


「側近か」


ルイが覗き込む。


「記録にはない名前です。商会の公式な役員登録には入っていない」


「影だ。表には出ない者がいる」


バーナードは名刺を丁寧に折り、懐に入れた。


それから部屋を一周した。急いで去った痕跡は至るところにあったが、慌てた痕跡はない。計画的だった。


「商会長を重要参考人として触書を出す。事務所の封鎖、取引先への事情聴取、薬の流通経路の洗い出し——全て同時に動かす。ルイ、一番で手配しろ」


「人手が足りるかどうか」


「絞れ。優先順位をつけろ。薬の回収が最初だ」


帳場を通り抜け、正面扉から外へ出る。夜風が通りを吹いていた。商会の提灯が揺れ、光が石畳の上で踊る。


通りには夜遅くまで出歩く者が何人かいた。誰も、事務所で何があったかを知らない。


バーナードは立ち止まり、空を短く見上げた。


「事は単純ではない。だが我々は、すべきことをする。」


独り言のような声だったが、ルイには聞こえていた。


彼は何も答えなかった。それが正しいと思ったから。

さてさて!楽しんで頂けましたでしょうか!おもろいやん!頑張ってくれぃ!等のお気持ちがあればぜひ評価の方お待ちしております!それではまた次回お会いいたしましょう!

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