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獄炎の姫君〜失意の底で何を思ふ  作者: 蕎麦粉


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迷宮編 8.龍は荊を歩む

こんちは!書きためてた小説を大放出いたします!

みんな大好きご都合主義なろう世界へ!レッツゴ〜!

地上へ戻る過程は、彼女の記憶の縫い目からすり抜けていた。闇と石と血と炎の匂いがいつの間にか薄れ、ふと朝の冷たい風が頬を撫でるとき、外の世界はいく月か分だけ季節を進めていたことに気づいた。


艶桜の里は、かつての喧噪を取り戻してはいない。ただ燃え尽き、今となっては静謐に満ち溢れたものであった。


その中心に在るのは、人の形を借りて佇む魂だった。見かけは老人だが、その所作は肉の者とは違い、声は奥底から響くように低い。


「よく、帰ってきたな」


言葉は祝福ではなく、ただ事実の確認であった。龍神は長く語らず、沈黙の奥で静かに彼女を見据える。


迷宮で刻まれたものを彼は読み取り、レイアの眼差しの奥にある変質を、冷静に拾い上げていた。


(変わった)


言葉にならない観察が、確かにあった。だが龍神はそれを「成長」とは呼ばない。迷宮に入る前の彼女のどうなってもいい、ただ目的遂行のために自らを粉にする、そういった儚さと危うさを孕んだものが消え、「生きる」という意思が感じられる目へと変わっていた。


レイアは地上で数日を過ごし、身体の傷を確かめ、思考を整えた。


ラヴァガンが迷宮で残した言葉――「成人したら渡すつもりだった」という遺言は、既になされた約束の残滓として彼女の内にあった。


しかしラヴァガンは十層で消え、もうここにいない。言葉は迷宮に留まり、今は自分でその約束を証するしかないのだ。


準備を整えた朝、彼女は焼け残った森へ向かった。焦げた幹が黒々と立ち、若草はまだ芽吹かぬ。祠は桜の根元に半ば沈み、外観は崩れているが内部だけが不思議な静けさを保っていた。祭壇の上に一本の刃が鎮座しているのが見えた。


鞘は錦織の文様を携え、金と緋の色が絡み合って古雅な艶を放っている。だがその光彩は新しさに由らず、長い歳月を祠で耐えた時間の重みが染み込んでいる。刃の造形は東方の長い刀を想わせる反りを帯び、無駄のない佇まいを見せる。


柄に触れた刹那、刀身が一度メラリと光った。刃先から淡い火の揺らぎが走り、彼女の内に渦巻く業火と一瞬呼応した。


「…綺麗…」


名は自然と出た。意味を理解したからではない。そう呼ぶ以外の音はその場に似つかわしくなかった。彼女は柄を固く握り、ゆっくりと引き抜く。抜刀に際しての抵抗はほとんどなく、掌に伝わる重みだけが事実を告げる。



刃は冷たく、それでいて手の内で微かに息づくような感触があった。


壁面の刻字が、淡く光を帯びて浮かび上がる。彼女は杖のようにして立ち、読み上げる。


――――――――――

三界に散りて在りし六つの宝、その名は古きにして今に伝はらず。


地に眠りしもの、天に宿りしもの、黄泉に沈みしもの、各々其の界に配せられり。

宝は路のみちしるべにして救ひに非ず。

手にする者は力を得ん、然れど必ずや何をか失ふべし。


名、記、時、情、痛、或は夢――其の何れか一片は風に攫はれん。

神は道を置き、選びを為すのみ。情を以て救はず。


遣はされたる者は秩序を正さんが為に在り、其の正しさは人の理と相容れぬ事多し。


欲に従ひ珠を求むる者よ、汝が喪ふものを量れ。願はくは己が業を以て進め。

――――――――――


碑文の最後が祠の空気に沈む。言葉は救いの約束を含まず、ただ道の存在と代償の必然だけを告げる。レイアは刃を鞘に戻したまま、祭壇の前に立ち尽くす。


「ラヴァガン、聞こえてるかな」


返事があるはずもない。霧になって消えた師はもうこの世にない。だが彼女は言わずにいられなかった。迷宮で交わした約束を、自分の体で証するための儀礼だ。誰が聴いているわけでもない、ただ自分との約束を果たすための言葉だ。


「ラヴァガンは復讐に生きるなって言っていたけど…ごめん…やっぱり私行かなくちゃ…どうしても…あいつを殺さなくちゃ」


祠を離れ、碑文を書き写した紙片を懐に収めて国へ戻る。初代龍神は壁に凭れたまま、その文章を受け取るように目を細めた。


「――三界、六つの宝か」


龍神の声は低く、短かった。懐かしむようでいて、どこか苦い。


「何か…知ってるの?」


彼女が問う。


「知っていた、とは言い切れんな」


龍神は首を振る。


「今までに回ってきた国で、似た痕跡は古に見たことがある。だが、神の仕組みを全て知る者はおらぬ。神は往々にして直接に手を下さず、道と条件を残すのみ。人に選ばせるのだ」


レイアは鞘に触れ、指先に伝わる錦の冷たさを感じる。


「使徒は、その道の一部、なの?」


龍神は少しだけ間を置く。沈黙が答えより重く落ちる。


「使徒は、我らの想定を超えていた」


やがて彼は言った。


「炎を以て焼き尽くすという常識が、あの者には効かなかった。攻撃は空を掻くように通り、彼奴には常法に従わぬ。現れては去り、残ったのは破壊と死だけだ。だが去ったという事実が、即ち終わりを意味するかは分からぬ。所在不明──それが今に残る事実だ」


「誰がなんのために…それをしたのが神…なの?」

彼女が詰め寄る。


「可能性はある」


龍神は答を躊躇する。


「だが、神が遣わしたとてその理由が直ぐに腑に落ちる訳ではない。神の秤は人の情とは別の理に寄る。時に正しさは残酷になり得る。使徒はその理を世界に押し付ける触媒であったのかもしれぬ。或いは別の意思の遣わしで在り得る――断定は出来ぬ」


彼は古い記憶の断片を一つ二つ並べるが、話は断片のまま切れる。説明は増えるのではなく、欠けて示される。


レイアは聞きながら、自分の中で言葉が噛み砕けぬ塊のまま転がるのを感じた。理解は足りぬが、恐れが何であるかだけは身体が知っていた。


「じゃあ、どうすれば――」


と彼女は訊ねる。


「手掛かりを集めるのだ」


龍神は簡潔に言う。


「碑文が示す宝を。宝は力であり、道である。集めることで、或いは使徒へ至る糸口が見えるかもしれぬ。だが忘れるな――宝は代償を伴う。何を失うかは、手に取る者の、即ちお主の業次第だ」


彼女は美しい錦の剣、「華焔」の柄をもう一度確かめる。刃は沈黙している。それでもそこに在る重みが、未来の問いを支えるように思えた。


「まずは、地上の宝を探す」


彼女は低く言った。


龍神は僅かに頷いた。


やるべきことが決まった。それだけだ。師の声は戻らない。だが剣は在り、碑文は道を示した。三か月という隔たりも、失ったものの痛みも、すべては先へ進むための燃料になった。


地界に散った最初の標を探すために、彼女は歩き出す。

さてさて!楽しんで頂けましたでしょうか!おもろいやん!頑張ってくれぃ!等のお気持ちがあればぜひ評価の方お待ちしております!それではまた次回お会いいたしましょう!

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― 新着の感想 ―
Xの方から伺わせていただきました! 読ませていただいた印象として、昨今のなろう小説的な分かりやすい爽快感を早めに持ってくる作風とは対称的なものを書かれていると感じます! 簡潔ながらじっくり腰を据えて…
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