迷宮編 6.龍は振り返らない
こんちは!書きためてた小説を大放出いたします!
みんな大好きご都合主義なろう世界へ!レッツゴ〜!
二十一層に足を踏み入れたとき、レイアの身体は自動的に警告を返した。空気の重さがこれまでとは違う。肺の奥がじわりと押し潰されるような感覚があり、それを避けるように短く息をつく。
床は石造りのはずだが、踏みしめるたびに靴底の下で微かに沈む感触が伝わり、継ぎ目からは黒い焦げ筋が細く走っている。古い焼痕とは違う、生々しい熱の痕だ。
壁面に彫られた文様の縁も焦げており、ところどころに抉られた跡が見えた。
天井からは細かな灰の粉が舞っており、その舞いはいつしか静止したように見えた。空間全体が半分眠ったように静かで、音はすべて遠い別の場所で起きているように感じられた。
レイアは手を軽くかざして、自分の炎の反応を確かめる。魔力の流れはある。だが、それがこの場所に触れたとき、炎の輪郭がごくわずかに歪むのを感じた。
ほどなくして、敵が現れた。四肢を持つが、関節の位置が狂い、歩くたびに骨が擦れるような不快な音がした。
認識から行動までの間が僅かに歪み、視界の端が伸びるように揺れる。敵はすぐには襲いかからず、低い呻きだけを漏らした。
声は言語にならない。頻りに繰り返す破裂音のような、締めつけるような断続的な唸りだった。
「……気色悪い」
独り言のように呟き、レイアは刃を走らせる。だが、斬撃の感触が微妙にずれる。
影が床から跳ね上がり刃を交わすと、肩口を掠めて血が飛んだ。再生が走って体内を繫ぎ直す。痛みが消えかけたころ、敵は崩れ落ち、灰のように散った。勝利の余韻が薄く、何か根の深い違和感だけが残る。
二十二層では、魔物の出方がより不可解になった。地面から突如として異形の肢が生じ、空を切ることもなく直接肉を裂く。
礫のような小さな破片が周囲一帯を襲い、思考よりも先に反射が求められる。レイアは間合いを再調整し、無駄を削ぐ動きに自らを切り替えた。短い、切れた呼吸。閃きの間合いに全神経を集中する。
そこで出会った個体は、喉から引き裂くような音を発した。音は「グォォッ」という低音と、「キィッ」という高い刺すような断片が重なり合い、聴覚が混濁する。
音の波形が身体の奥を振動させ、方向を見定める感覚を狂わせた。レイアは目を閉じ、呼吸を整え、音の反復からリズムを取り直す。
音は攻撃の合図のようでもあり、しかし一定ではない。短い沈黙を挟んで再び断続的な鳴き声が重なり、獣は不規則に動いた。
三つ目の層では視界が更に歪んだ。壁に走る亀裂から赤黒い蒸気が滲み、床はまだらに熱を帯びている。魔物の鳴き声が遠くから交差し、方向が分からなくなることがあった。
ある瞬間、背後の空虚から低い囁きが共鳴し、身体の中心が凍るように冷えた。鳴き声は「グォッ、グォッ」と金属が軋むようであり、また別のものは「シィ……」と息を吸い込むように短く切れた。音が方向の手掛かりを失う状況は、戦いを一層不確かなものにした。
レイアは短くポツリと呟いた。
言葉は自分への確認だ。「油断すんな」と。言葉に力はなく、しかしその節が彼女の神経を研ぎ澄ます役目を果たした。光景は苛烈だが、動きは静かに、無駄を削ぎ落して進む。
二十四層に降りると、匂いが変わった。焦げた鉄と古い血の匂いが混じり、空間に粘りが生じている。
ここで行く手を阻むのは上階層のような数の暴力ではなく、層そのものの圧だった。床に落ちた一歩ごとに、足元の石が熱を帯び、小さな亀裂が走る。
どこからともなく、地面を這うような唸りが聞こえ、壁の縁から黒い粉が零れ落ちた。
魔物はほとんど姿を見せず、代わりに床面や壁面に紋様が浮き上がる。紋様は短く振動してから消え、床の表面に黒い跡を残していく。レイアは拳を固め、呼吸を整えた。直感が告げる。何かが下から昇ってきている。これは単なる敵の出現ではないような気がしてならなかった。
階段脇の暗がりから、濃い影が急速に蠢いた。二度とはみたくもない奇怪な形の断片が飛び出し、獰猛な鳴き声が辺りを震わせる。
声は轟くように「グォォォ!」と一度だけ喉の底から噴き上がり、続けて裂けるような「コルルルゥ…」という音が空間を引き裂いた。レイアは反射で炎を構え、焔を刃に集中させて斬りかかる。切りつけた先からは、黒い粒子が舞い上がり、短く「シッ」と鳴った。
魔物は崩れ落ち、だがその周囲に残された黒紋が瞬間的に広がって床に薄い膜のような光沢を作り出す。彼女は濡れた草のような匂いと鉄の匂いを同時に嗅ぎ、思わず顔をしかめる。胸の鼓動が耳に迫るほど早くなるのを感じながら、レイアは手の感覚を確かめた。自分のこめかみに垂れる汗を拭い、ふと小さく笑った。笑いは、緊張の端をほぐすためのものだった。
「ここが、違和感の源流か…」
アルバスの言葉が薄く重なり、門が緩んでいるという感触を彼女の中に呼び戻す。
ここまでの戦いで、彼女の体の回路は反応を最適化してきた。動きは滑らかになり、攻撃は無駄がなくなっている。
だが慣れは油断を呼ぶ。足を止めて周囲を見渡し、彼女は一度だけ目を閉じた。
目を閉じると、目の前で死に絶えていった父や母、十層の闘いで感じた深い痛みが瞬間的にレイアの脳裏に蘇った。拾い上げた記憶を押し込めるように息を吐き、揺れるまぶたを開ける。
階段の手前で、空気が赤く滲んで見えた。熱の膜が垂れ下がり、向こう側の空間が滲んでいる。膜越しに何かが蠢いているのが見えるが、形ははっきりしない。
匂いが濃くなり、振動が増す。レイアは胸の内に小さな堅さを覚え、短く一度息を吐いた。準備はできている。覚悟もある。
階段を降り切る寸前の壁に何かが刻まれていた。石に彫られた文字は擦れているが、そこに刻まれた言葉は生々しく直截だった。目を凝らすと、渾々とした黒の刻印が浮かび上がる。
ーーーこの門をくぐるものよ、
一切の希望を捨てよーーー
文字を読んだ瞬間、レイアは言葉の重さを心の臓で受け止めた。彼女は拳を固め、視線を赤い膜の向こうへと据えた。身体中が震えるのを押し殺し、ゆっくりと一歩を踏み出す。
肩に力を入れ直し、レイアはゆっくりと階段を下り始めた。赤い膜が胸を押すように揺れ、彼女はそれを一つの合図とした…
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