2度目の夢
夢は、目を覚ませば終わる。
そう信じているうちは、まだ安全なのかもしれない。
これは、眠ったはずなのに目覚めている感覚。
現実に戻ったと思った、その直後から始まる違和感の記録だ。
説明は、まだない。
理由も、答えも、ここには書かれていない。
ただ一つだけ確かなのは——
夢は、必ずしも優しく目を覚まさせてくれるとは限らないということ。
目を閉じた記憶は、確かにあった。
布団の重みも、部屋の静けさも、覚えている。
それなのに。
「……起きてる、よな? これ」
夢乃港は、はっきりと自分の声を聞いた。
喉が震え、白い息が空気に溶けていく。
視界に広がっているのは、雪だった。
一面を覆う白。踏みしめた足元が、きゅ、と小さく鳴る。
「……寒っ」
思わず肩をすくめる。
冷気が肺に入り込み、頭が妙に冴えていた。
眠っているはずなのに、意識はやけに鮮明だ。
夢特有のぼやけた輪郭も、現実感の欠如もない。
「いや、待て待てほんとに夢だよなこれ……
妙にリアルすぎんだろうが…」
周囲を見回す。
見知らぬ村だった。
木造の家屋が点々と並び、屋根や道の端に雪が積もっている。
生活感はある。
だが、人の気配が、決定的にない。
「おーい!誰かー!!」
「はぁ、…誰も、いねぇのか?」
呼びかけるつもりで出た声は、独り言に近かった。
返事は当然ない。
代わりに、風が雪を巻き上げる音だけが耳に入る。
ふと、視線が引き寄せられた。
遠く。
村の奥、霧の向こうに——
巨大な建物が、ぼんやりと立っている。
「なんだアレ……屋敷、か?」
そう口にした瞬間、胸の奥が嫌な形でざわついた。
屋敷、と言うには大きすぎる。
館、と呼ぶには輪郭が歪んで見える。
「霧が濃くて見えないな…」
距離感が掴めない。
近いようにも、果てしなく遠いようにも感じる。
「……また、これかよ、病院の時に感じた距離感と全く同じだ…」
呆れたように笑おうとして、失敗する。
口角が引きつったまま、空気だけが漏れた。
夢だ。
どう考えても夢のはずだ。
だが、足の裏に伝わる雪の感触が、あまりにもリアルだった。
「……とりあえず、動くしかねぇか」
誰に言うでもなくそう決める。
立ち止まっていても、何も変わらない気がした。
家屋の間を歩く。
扉は閉じている。
窓の奥は暗く、カーテンも揺れない。
「留守ってレベルじゃねぇな……」
一軒、また一軒。
どこも同じだった。
胸の奥で、じわじわと不安が膨らむ。
だが同時に、妙な慣れも生まれていた。
「……前よりは、マシか、変な気配も無いし何より曇りだが明るい」
病院の廊下よりは。
水に満ちた白い空間よりは。
そう比較してしまう自分に、少し苦笑する。
村の端に近づくにつれ、霧が濃くなる。
視界が曖昧になり、屋敷の輪郭が滲んだ。
「……行けってことなんだろ、どうせ」
ため息交じりに呟く。
覚悟を決めたわけじゃない。
ただ、他に選択肢がないだけだ。
一歩、踏み出す。
雪を踏む音が、やけに大きく響いた。
「……ほんと、嫌な夢だ」
そう言った声だけが、霧の中に消えていった。
屋敷は、まだ遠い。
それでも確実に、こちらを待っている気がした
目を閉じても、すぐには眠れない夜がある。
頭は冴えているのに、意識だけがどこか別の場所へ引き寄せられるような夜。
今回描かれたのは、そんな感覚の延長線だ。
恐怖よりも先に、困惑があり、
逃げたいよりも前に、「またか」という諦めがある。
まだ、この世界が何なのかは分からない。
雪の村も、霧の向こうの屋敷も、意味を語ってはくれない。
けれど、進まなければならない理由だけは、
はっきりと存在している。
次に辿り着く場所が、
現実なのか、夢なのか——
それを判断するのは、もう簡単ではない。




