終章 静かなる旅立ち
~ 精霊世界、生還の奇跡 ~
そこは、雄大な自然が広がる山の上にある高原だった。小鳥がさえずり、動物たちが駆け回る、穏やかで美しい世界。
「ああ……ここは……?」
カイルは空を見上げた。しかし、重度の火傷や全身の傷ついた体では、空を見る事しかできない。五人全員が地面に横たわり、息も絶え絶えだった。
「何とか生きてはいるけど……結局ここで死ぬのね……」セレスは悟ったように、静かに言った。
「こんなとこじゃ、誰の目にもつかないだろうしなあ」ゼオンが力を振り絞り、掠れた声で呟く。
「こんな空気がいいところで死ねるならまだマシだわ……」リリアンは観念したように目をつむった。
「そうね……せめて、この綺麗な自然の中で良かったわ……」アルウェンが微笑む。彼女たちの体は、タリスマンの加護があったとはいえ、極度の魔力環境にさらされ、限界を超えていた。
しばらくして、何やら騒がしい音が近づいてきた。
「おっかしいなー?ここら辺なんだけど?」
聞きなれた声がした。
「タリスマンで外にはじき出された場合……このあたりに現れる計算なんだけどなー……って、あーっ!」
男は何かを発見し、驚いた声を上げた。そこに立っていたのは、プラチナブロンドの髪に淡い水色の瞳、登山用に装備を固めたフィン・キャリブレイトの姿だった。
「おーい!こっちだ!ここにいるぞ!早く!」
フィンはサイレント・シープの五人を見つけると、必死な顔で連れてきた救援部隊を呼ぶ。「こっちだ!急げ!早く!」怒号が飛び交う。
フロンティア・トラッカーが派遣した救援部隊によって、サイレント・シープの五人は救助され、アルカディアの教会へと運ばれていった。
~ アルカディアの変化 ~
そして、数週間の時が流れた。
アルカディアの街は次第に変わっていった。マジックロッドを失い、主要産業だった魔法電池の製造も徐々に減っていった。街からは活気ある冒険者の姿が消え、フロンティア・ハウスは、かつての熱狂を失い、静かに観光客を迎え入れる宿泊施設として業態をシフトしていった。
静寂と、少しの寂寥感が街を包んでいた。
~ 新たな開発チーム ~
フロンティア・トラッカー本部。
ピーという電子音と共に扉が開き、「入ります」と頭を下げて、フィン・キャリブレイトが部屋に入室してきた。
部屋の中で待っていたのは、ケビン・フォーマだった。彼の表情は、一連の出来事による疲労と、ゼニスへの想いを秘めた重みを帯びていた。
「知っているだろうが、フロンティア・トラッカーは、一旦、閉鎖されることになった」ケビンが言うと、フィンは「はい、承知しております」と言って頷いた。
「マジックロッド再建の話が政府から来ている。また新しく開発チームが立ちあがるだろう」ケビンが続けた。
「それが何か……」フィンが、その話が自分とどう関係するのか分からず、怪訝な顔で尋ねる。
「君を、その開発チームに呼びたいと思っているんだ」ケビンはまっすぐな目でフィンを見た。
「まさか!私が?いえ、光栄でございます!」フィンは驚きに満ちた後、すぐに頭を下げた。
「よろしく頼むよ」ケビンが手を差し出す。
フィンは「はい!」と目を輝かせて答え、差し出されたその手を両手で握り返した。
~ 裁きの鉄槌 ~
アルカディア防衛省の最深部。分厚い鋼鉄の扉の奥、光沢のある黒曜石のテーブルを囲むのは、防衛大臣、財務評議会委員長、精霊工学技術局の代表ら、アルカディア政府の最高幹部たちだった。場の空気は重く、誰もが先のマジックロッド消滅という大失敗の責任を押し付け合うかのように沈黙していた。
その重苦しい沈黙を、グラント・ヴォーダン軍最高幹部の冷徹な声が引き裂いた。
「報告を始める」
ヴォーダンは、モニターにゼニス・ヴォルトとサイレント・シープの五人のホログラムを映し出した。
「我々が提供する公式見解はシンプルだ。マジックロッドの崩壊は、開発者ゼニス・ヴォルトによる反逆的な破壊工作、および未許可の精霊術使用によって引き起こされた。民間人グループ『サイレント・シープ』は、彼に協力したテロリストである」
財務評議会委員長が顔色を変える。「テロリスト……?彼らは多数の職員や冒険者を避難させたはずだ」
「それがヤツらの巧妙な手口だ」ヴォーダンは冷笑した。「逃亡者を装って深層部へ潜入し、破壊工作を成功させた。事実、マジックロッドは消滅した。我々は犠牲者の名誉を守りつつ、この暴挙を断じて許さないというアルカディアの意志を示す必要がある」
ヴォーダンの眼光は鋭く、誰も反論できなかった。公式記録上、ゼニスとサイレント・シープは「世界の破滅を防いだ英雄」ではなく、「システムを破壊した反逆者」として抹殺された。
~ スタンド・ワンの清算 ~
次に、ヴォーダンはモニターを切り替えた。そこに映し出されたのは、スタンド・ワン部隊の識別番号リストだった。
「続いて、今回の失態に対する軍内部の清算だ」ヴォーダンは続けた。「マジックロッド防衛の全責任を負っていた特殊警戒部隊『スタンド・ワン』は、任務の最終段階で統制を失い、民間人との間で不必要な戦闘を引き起こし、結果的に反逆者の逃亡と破壊工作を許した」
彼はテーブルを軽く叩いた。
「よって、本日をもってスタンド・ワンを解散する。隊長以下、幹部は即時罷免、全隊員は通常の部隊へ配置転換とする」
防衛大臣は青ざめながらも、ヴォーダンが全ての責任を外部(冒険者・ゼニス)と末端に押し付け、自らの手を汚さず権力を温存したことに気づいた。
~ ナイトフォール作戦の始動 ~
場が静まり返ったのを確認すると、ヴォーダンは最後に一枚の図面を映し出した。それは、マジックロッドの再建計画を思わせる、複雑な魔法陣の設計図だった。
「マジックロッドの再建は、アルカディアの存続に関わる喫緊の課題だ。政府の委員会ごときの手続きに時間を割いている暇はない」
ヴォーダンは立ち上がり、テーブルに両手をついた。彼の声は低く、しかし絶対的な命令の響きを持っていた。
「よって、これより軍最高幹部直轄の最高機密作戦を始動する」
「作戦名:ナイトフォール(Nightfall)。目的は、ゼニスが遺した欠陥を克服した、究極の次元シフトシステムの極秘開発と即時運用だ。責任者は、私、グラント・ヴォーダンが負う」
彼は、ケビン・フォーマと、その隣に立つフィン・キャリブレイトを冷たく見下ろした。
「ケビン・フォーマ。そして、君の補佐官としてフィン・キャリブレイト。君たちは即座に私の管理下に入り、この作戦を完遂せよ。これは命令だ。成功の暁には、アルカディアの真の守護者となる栄誉を与えよう。失敗は……知らぬぞ」
ヴォーダンの冷酷な意志が、会議室全体を支配した。マジックロッドを巡る戦いは、表舞台から姿を消し、軍の闇の作戦へとその形を変えたのだった。
~ 別れの食卓 ~
フロンティア・ハウスは、かつて冒険者たちの喧噪で満ちていた頃の活気を失い、今は観光客や旅の疲れを癒す人々がまばらに利用するようになっていた。
その、まばらに人がいる大小のテーブルの一つを、サイレント・シープの五人が囲んでいた。彼らは一連の傷が癒え、この日、久々に再会していた。
料理に手を伸ばしながら、カイルが隣のゼオンに尋ねる。「お前は、これからどうするの?」
「ああ、グローグランドで戦争があってな。そこの傭兵に応募したんだ」ゼオンは酒を飲む。過酷な戦いと引き換えに、自由を求めていた。
「それで、返事が来たの?」リリアンが聞く。
「まあな。とりあえず今日から出発だ」ゼオンが答える。
「そう言う、お前はどうなの?」ゼオンがリリアンを見た。リリアンは料理をつまみながら、「私は……いろんな世界を見てみたいなと思って」と言った。
「思って?」カイルがその続きを聞く。
「ふふふ、あてもなく放浪の旅ってとこかな……自由気ままに」リリアンが笑う。
「いいなー。私もどっか行こうかなー」セレスが言う。「あら?あんたは残るんじゃないの?」リリアンが問い返す。
「そうなのよね。たまたま、教会で僧侶を募集してて。明日から見習いだわ」セレスも料理に手を伸ばす。
「ふふふ……」アルウェンが微笑む。「そう言えば、アルウェンはどうするの?」リリアンが尋ねる。
「私は……また家族の元に戻るわ。孫の顔も見たいし」アルウェンが言う。
「いいわねー家族がいるって」セレスが酒を飲む。
「カイル……お前はどうすんだよ?」ゼオンが聞く。
「家を離れてここの訓練場に来てから、ほとんど家に帰ってないし。俺も、たまには親の顔でも見に行くよ」カイルが言った。
~ 5つの道 ~
テーブルに並べられた料理がほとんどなくなり、サイレント・シープの五人はフロンティア・ハウスを出ていった。
彼らが最後に集まったのは、マジックロッドの入り口、ディメンション・シフトがあった場所だった。そこは今は、土と瓦礫が残る空虚な空間になっていた。
「色々あったね……」リリアンが言う。
「そうね……」セレスが噛みしめるように呟く。
「じゃあ、そろそろか……」ゼオンが言う。
「ふふふ……」アルウェンが微笑む。
「それじゃあ、また会う日まで!」
カイルが明るく言うと、五人はバラバラに、思い思いの方向へ歩いていった。
そして、サイレント・シープの五人の冒険は、終わった。




