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マジックロッド  作者: さだきち


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序章 アルカディアの鼓動と旅立ちの光


アルカディアの文明の根幹を支えるのは、精霊工学である。それは、大地から掘り出される特殊な鉱石、詠唱石から始まった。この石は製錬され、鍛え上げられた後、古の触媒と儀式、そして呪文の響きを吹き込まれることで、呪文を唱えられる石へと変貌する。呪文詠唱の技術を持たない者でも、簡単な機構を介して精霊術を扱える、極めて便利な道具だ。しかし、その利便性と引き換えに、詠唱石は一度使うと魔力を失ってしまうという決定的な欠陥を持っていた。


この問題を解決したのが、古の技術者が開発した魔法電池だ。魔力そのものを保存し供給できるこの電池のおかげで、魔力を失った詠唱石も、再びその力を取り戻せるようになった。


ここ、アルカディアの主要産業は、この魔法電池の製造と販売である。冒険者たちがマジックロッドから命懸けで持ち帰った魔力の品は魔法炉へと格納され、そこから抽出された膨大な魔力によって魔法電池が製造される。精霊工学を主要産業とし、厳格な議会政治によって統治されるこの巨大都市アルカディア。その軍事部門であるアルカディア軍が運営する訓練場から、一人の少年が冒険者として旅立とうとしていた。


「カイル!カイル・ブレイク! ほら!返事しろ!」


強面の教官の怒号が、砂利が敷き詰められた訓練場に鋭く響き渡る。その声に、一人の若者が息せき切って駆け込んできた。


「はい!カイル・ブレイクここにおります!」


まだ幼さが残る、あどけない顔立ち。制服の袖から覗く腕は細く、一見すると頼りない印象を与える。しかし、彼の眼差しだけは違った。それは、長い訓練によって鍛え上げられた強い意志の光を宿し、凛として輝いていた。


「もう、お前は…大丈夫か?これから……」教官は、長々と説教を始めたい気持ちを自制するよう、顎を引いた。旅立つ若者を送り出す者として、自らの気持ちを切り替えるための咳き込みを一つ。「うおっほん!」


教官は声を和らげた。「カイル……よく頑張ったな。お前ならマジックロッドでも戦えるはずだ」そう言って、使い込まれた革袋を少年に手渡した。中には、ささやかな支度金が入っている。


「教官。長い間、ご指導いただきありがとうございました」カイルは深々と頭を下げ、丁寧にそれを受け取る。


「うむ……カイル、死ぬなよ」そう言った教官の顔は、先ほどの厳格さは消え失せ、優しく柔らかだった。カイルは胸を張って答える。「はい!肝に銘じます!」


彼は深く一礼し、訓練場を後にした。


街は賑わっていた。訓練場の冷たい鉄と砂の空気とは打って変わり、様々な商店が軒を連ね、活気に満ちている。長い訓練場生活で気づかなかった、アルカディアの持つ人々の魅力に、カイルは目移りしそうになる気持ちをぐっと抑え込んだ。彼が向かう先は、フロンティア・ハウス。冒険者がマジックロッドに入る前に、仲間を探せと教えられた場所だ。


フロンティア・ハウスは、アルカディアの熱気とは一線を画した、異様な活気に包まれていた。長いカウンターテーブルがあり、その周囲にも大小様々なテーブルが並べられている。冒険者たちはそこで会話したり、飲食したり、次の運命のパートナーを探したりと、賑わっていた。


奥の二人掛けのテーブルで、一人の女性が食事をしていた。その女性に、少し背の低い、小柄な女性が声をかけた。


「おひとりですか?」


食事の手を止め、女性が応える。「そうだけど?あなたは?」


「リリアンさん……ですよね?私、セレス・ヴォイドと言います。ここに座っていいですか?」セレスは、その小柄な体躯とは裏腹に、はっきりとした声で答える。


「うん、いいよ。確かファバロのとこにいた子よね?あれ?他のメンバーは?ひとりなの?」リリアンは食事を続けながら、視線だけでセレスを捉える。


「ええ……実はパーティーが全滅しちゃって……。生き返してもらったんだけど、私だけ結局置いてかれちゃって……」セレスは、その重い事実を、まるで昨日のことのように淡々と語った。


「まあ……大変だったね。私も色々ごたごたがあってね。ちょうど一人だったから良かったわ」リリアンがそう言ったときには、もう目の前の皿はほとんど空になっていた。


「でも、さすがに二人だけでマジックロッドに入るのは無謀だよね。他にアテがありますか?」セレスは顔を上げる。


リリアンは首を傾げた。「うーん、ないけど……」その視線が、ハウスの入り口付近で立ち尽くす一人の少年を捉えた。「ほら、あそこにぼうやが立ってるよ?声かけてみようか?」


「えー、あの子ですか?なんか頼りなさそうというか……でも、人のこと言えないか」セレスは苦笑いを浮かべ、その提案を承諾した。


そして二人は、フロンティア・ハウスの喧騒の中で、所在なげにキョロキョロしていたカイルに声をかけに行った。



~ カイル・ブレイク、最初の仲間 ~



「ねえねえ?あんた、何やってんの?そんなとこに突っ立って」


フロンティア・ハウスの入り口付近で、周囲の喧騒に気圧されて立ち尽くしていたカイルに、リリアンが声をかけた。その声は率直すぎて、カイルは思わずムッとしてしまう。


「べ、別にいいだろ、何をやってたって」


「可愛くないわねー。せっかく、お姉さんが優しく声をかけてあげてるのに」リリアンはそう言って肩をすくめた。


横にいた小柄な女性、セレスが優しく微笑み、場を和ませる。「私、セレス・ヴォイドって言います。よろしくね」


セレスの丁寧な態度に、カイルも慌てて姿勢を正す。「俺はカイル・ブレイクって言います。16歳です。よろしくお願いします」


「何、この展開?」リリアンは呆れたようにカイルとセレスを見た。「年齢とか……あ、そう。私はリリアン・アロー。17歳だけど」


「おい、お前、『お姉さん』って、一歳しか違わねーじゃねーか」カイルはすぐに気づき、文句を言う。


「バカじゃないの、あんた?この年頃の一歳差は大きな違いが――」リリアンが言いかけたとき、カイルは遮るように吐き捨てた。「知らねえよ!」


「へえ、じゃあ、この中じゃ私が一番年上なのね。18歳です。よろしくね」セレスは穏やかに笑う。


「え?あんた、私と同い年じゃなかったの?」リリアンが驚いて尋ねると、セレスは頬に手を当てて答えた。「ほら、生き返ったから一歳年を取ったの」リリアンは「あ、そうか」と手をぽんと叩き、すぐに納得した。この街では、『生き返る』ことは日常の一部なのだ。


「そう言えばあんた……訓練場から来たばっかりなの?」リリアンはカイルの装備に目を留め、尋ねた。


「え?そうだけど?何でわかるの?」カイルは再びムッとする。


リリアンは呆れたように笑い、自分の装備を見せた。「あのねえ……ほら、私のレイピアと弓、わかる?セレスだって、重厚なクラブを持ってるし、厚手の法衣を着てるでしょ」リリアンは指をさす。「あんた、手ぶらでマジックロッドに入るつもり?」


「行くわよ」リリアンがカイルに手招きする。


「ところで、いくら持ってたっけ?」セレスがカイルに尋ねる。


カイルは革袋を覗き込み、「100Gくらいかな……」と答えた。


「え?少なっ。そっか、支度金ってそんなもんだっけ?」セレスはリリアンに続いて歩き出す。


「待って、どこにいくの?」カイルが二人に尋ねる。


「いいから、ついてきて」セレスが振り返り、穏やかに答えた。


カイルは渋々二人についていき、三人はフロンティア・ハウスを出ていった。



~ 精霊工学の鼓動 ~



三人が向かった先は、アルカディアの取引所だ。ここは、冒険者がマジックロッドから持ち帰った魔力の品を売買する場所であり、精霊工学党(MEP)が運営する商業施設そのものである。


取引所に売られたアイテムは、やがて魔法炉に格納される。魔法炉はアルカディアの機密であり、限られた人間だけで管理されている。冒険者がアイテムを買いたいときも、魔法炉から取り出されるのだが、その買値が張るのが常に頭を悩ませる点だ。


「さあ、どんな武器が好みかしら?」リリアンが商品棚を見回す。


カイルは迷いなく、ショーウィンドウに飾られた一振りのショートソードに手を伸ばした。それを手に取り、掲げたり少し振ったりしながら、短剣ではなく片手剣を選んだ自分自身の戦士としての本能に気づき、かなり気にしている様子を見せた。


「ふーん。じゃ、これも買って」リリアンは小さな丸盾を商品棚から取り出してカイルに渡す。


「こんなの……いる?」カイルは盾を構えながら首をかしげる。


「いる」セレスが確信を持った口調で一言答えた。


カイルはショートソードと盾を会計に持っていく。売り場のお姉さんが、にっこり微笑んだ。「剣が60G、盾が30G、合計90Gになります」


(たっけえなあ)カイルは頭の中でそう呟きながら、ほぼ全財産である90Gを支払った。


「まったく、世話の焼けるおぼっちゃんだね」リリアンが呆れ顔で言う。


カイルは、新しいショートソードと盾を装備した。彼の旅は、今、始まったばかりだった。三人は、アルカディアの主要産業の心臓部である取引所から出ていった。



~ 炎の血と合流の予感 ~



取引所を後にしたカイル、リリアン、セレスの三人は、相変わらず賑やかなアルカディアの街並みを歩いていた。カイルは購入したばかりのショートソードと丸盾を慣れない手つきで持て余している。


「ねえ、マジックロッドに行ってみる?」セレスがリリアンに尋ねた。


リリアンはちらりとカイルを一瞥し、ため息を漏らす。「ちょっと……このメンツじゃ、まだ心細いわね。特にあの坊やは、全身から『訓練場帰り』の匂いがしてるし。もう一度フロンティア・ハウスに戻ろうか」


「そうね……私も、もう一人二人、経験者を増やしたいところだけど」セレスも頷いた。


そのとき、前から大柄な若者が歩いてきた。その男は、カイルたちに気づくと、まるで遊び半分といったふてぶてしい態度で、カイルに目を付け、わざとらしくちょっかいをかける。


「おーおー、女二人を連れてナンパかい?お兄ちゃん?」男は優位な体格でカイルを見下してきた。


「なんだ?お前は?」


自分より遥かに大柄な男にも怯むことなく、カイルは鋭く睨み返す。訓練場での教えが、彼の恐怖心を麻痺させているようだった。


「あん?やんのか?コノヤロ」男は腰からすぐにショートソードを抜き放つ。


「ふん、かかってこいよ」カイルも新しいショートソードを抜き、身構えた。


「ちょっと!あなたたち!」セレスが二人の間に割って入ろうとするが、戦闘の気迫に当てられたのか、二人の耳には全く届いていない。


ショートソード同士が激しくぶつかり合う。カイルの体は小さいが、訓練で叩き込まれた通り、低い姿勢で相手の力を真正面から受けない体勢を取っていた。マジックロッドでは、どんな巨大な魔物と対峙するかわからない。カイルの動きは、大柄な魔物にも対応できるよう身につけられた戦闘の基本そのものだった。


「ふん、やるな」大柄な男は再びショートソードを振り下ろす。カイルは今度は盾で受けたが、まともに受け止めず、わずかに角度を付けた。刃は弾かれ、男は一瞬、バランスを崩す。


「いい加減にしなさい!!」


その瞬間、後方から鋭い風切り音が響いた。リリアンが手に持っていた弓を、男の頭に正確に向けたのだ。「すぐに止めないと、頭を射抜くわよ」リリアンは殺気立った声で制した。


「わかった。わかった」男はすぐに剣を鞘に収め、両手を上げて降参のポーズをとる。その体からは、一瞬にして戦闘の気が消えていた。


「フロンティア・ハウスで良さそうなメンツがいなかったから……」男はぶっきらぼうに言った。


「いなかったから、なに?」リリアンは弓を下ろさない。


「もしかして、仲間を探してんの?」セレスがその意図を察して尋ねる。


男はセレスのほうを指差し、「うんうん」とリリアンのほうを向いて頷いた。しかし、リリアンは弓をまだ下ろさない。


「名前は?」カイルが剣を収め、男に手を差し出す。


男は少し驚いた表情を見せたが、すぐにカイルの握手を力強く返す。「ゼオン・フレイムだ。よろしくな」


「まったく……リリアン・アローよ」リリアンは呆れ顔で言って、ようやく弓を下ろした。「セレス・ヴォイドよ。よろしくね」セレスは微笑んだ。


「俺はカイル・ブレイクだ。よろしくな」カイルがゼオンを見て言った。


「ところで、お前らはマジックロッドに向かわないのか?」ゼオンが聞く。


「フロンティア・ハウスで、もう少し仲間を集めようと思ってね」リリアンが事情を話す。


「仲間ったって……もうフロンティア・ハウスには、ほとんど人が残ってないぞ?みんなマジックロッドに向かったようだし……」ゼオンは周囲を見回しながら言う。「若い女が一人残ってたかな……だから、こっち(街)に来たんだが……」


「どうする?」セレスがリリアンに尋ねる。


「そうね……どうせ、ここまで来たし、せっかくだから、その女性にも会ってみましょ」リリアンはそう言って、再びフロンティア・ハウスの方角へと足を進めた。


こうして、ドラコンの血を引く新たな仲間、ゼオン・フレイムを加えた四人は、残る最後の仲間を探すため、再びフロンティア・ハウスに向かうのであった。



~ 最後の仲間、アルウェン ~



フロンティア・ハウスに戻ると、ゼオンの言った通り、館内はがらんとしていた。昼間の喧騒は影を潜め、冒険者の姿はほとんど見当たらない。皆、既にマジックロッドへと足を踏み入れたのだろう。


中央付近の大きめのテーブルで、一人の女性が優雅に紅茶とお茶菓子を嗜んでいた。年齢はせいぜい15歳から17歳くらいに見える。しかし、その立ち姿、座り方、すべてが研ぎ澄まされ、凄まじい美貌と気品を放っていた。カイルは思わず、ぼーっと見惚れてしまう。


「っぱぁん」


リリアンがいい音を立てて、カイルの頭をはたく。「いってぇ!なにすん……」カイルが何か言おうとするのを全く無視し、リリアンはそのままその女性のテーブルに歩いていく。


「ひとりなのに、こんな大きなテーブルでお茶を飲むの?」リリアンは単刀直入に尋ねた。


「ええ、占いをしていたの」女性はカップを口元から離し、優雅に応じる。その一つ一つの所作が、優美で芸術的ですらあった。


「占い?」リリアンは首をかしげる。


「そうよ。ここでお茶を飲むと、共に冒険する仲間に出会えると天啓を受けたの」女性は微笑んだ。


「嘘くせー」ゼオンは小声で呟いたが、その声は女性に届いていなかった。


「そうよ。あなたたち、マジックロッドに行くんでしょ?占い通りだわ」女性は確信に満ちた笑みを浮かべる。


「ちょっと待ってよ、まだ仲間にするかどうか……」リリアンが言いかけたとき、セレスが口を挟んだ。「待って。あなた魔法使いよね?」


「そうね。私は65年前に訓練場を出て、Lv.7の呪文まで習得したわね」女性は淡々と応じた。


「え!?65年前?もしかしてエルフ!?あ!耳尖ってる!」リリアンは興奮して、女性の尖った耳を指差す。


「全部の呪文が唱えられるのか。もう無敵パーティーだな!」ゼオンも笑顔で興奮を隠せない。ドラコン族特有の単純な思考回路だ。


「そういう訳にはいかないわ」女性は困ったように微笑んだ。「呪文というのは、使い続けないと忘れてしまうものなの。日々の務めを怠ると、呪文なんて忘れてしまうわ」


「忘れてしまうわ、じゃないわよ。日々の務めを怠ったの?」セレスが、やや詰め寄るように確認する。


「二人の夫を愛し、三人の子供を育てたわ。今では孫も二人いるのよ。呪文の務めとか、そんなことしてる余裕なかったから」女性は静かに言った。


「え?いま何歳なんですか?」カイルは完全に驚きの表情で尋ねた。


「わたし?88歳よ」女性は微笑んだ。


カイル、リリアン、ゼオン、セレスの四人は、しばらく絶句した。目の前の優雅な少女のような女性が、自分たちの祖父母よりも年上だという事実に、彼らの常識は揺さぶられた。


「とんでもねえな……そしたら、呪文なんて全部忘れたのか?」ゼオンがようやく口を開いた。


「そうね。でも、冒険を続けていたらLv.1から徐々に思い出すでしょ?せっかくLv.7まで覚えた呪文を、また取り戻したいの」女性は、まるで旅に出る理由を説明するかのように軽く言う。


「えーっと……お名前は?」リリアンは呆然としながら尋ねた。


「アルウェン・ソレスよ。よろしくね」アルウェンは微笑んだ。


「でも、どのみち魔法使いは必要だから、この際仕方ないわね」セレスが諦めたように言う。彼女は実利を優先した。


「もう、何なのこのパーティー……前途多難だわ」リリアンは額に手を当て、深くため息をついた。


「俺も今日訓練場を出たばっかりだから、一緒に冒険で成長しよう。よろしくな」カイルは、アルウェンの強大な潜在能力と、彼女の旅の目的に純粋な共感を覚えた。


アルウェンもイスから立ち上がり、長い冒険の旅に出る五人のパーティーがここに揃った。


その若い(?)五人は、フロンティア・ハウスを出て、ついにマジックロッドの入り口へと向かって歩いていった。



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