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第9章 村の裏切り

【王暦424年・ダール渓谷の村】


 畑が甦ったことで、村は少しずつ活気を取り戻していた。

 子供たちの笑い声が戻り、女たちは家の前に布を干し、男たちは畑の手入れに汗を流している。


(やっと……光が見えてきた)


 胸の奥に小さな安堵が芽生えたその矢先──。



 夜半、私の小舎に足音が近付いた。

 軋む扉を開けると、怯えた顔の少年が立っていた。


「リシェル様……! 大変です、穀物の袋が……!」


 彼に案内されて倉庫へ駆けつけると、そこには荒らされた穀袋が散乱していた。

 中身は盗まれ、残っているのは破られた布とわずかな粉だけ。


「盗まれた……?」


 ざわつく村人たちの間から、一人の男が声を上げた。


「隣領の仕業に決まってる!」


「いや……違う」

 グレイ辺境伯の低い声が響いた。

 彼は散乱した足跡を見下ろし、目を細める。


「外から侵入した形跡はない。これは……村の中の者だ」


 広場に重苦しい沈黙が落ちた。

 互いに視線を交わし、疑念が膨らんでいく。


「誰かが……仲間を売ったのか」

「村を……裏切った……?」


 その瞬間、村人の怒りの矛先は一斉に一人の老人に向いた。

 数日前までヴァルデン領に縁のある商いをしていたという男だ。


「お前だろう!」

「ヴァルデンに通じてるんじゃないのか!」


 老人は震えながら首を振る。

「ち、違う! わしじゃない……!」


 私は慌てて前に出た。

「待ってください! 証拠もないのに決めつけては……!」


 しかし村人たちの耳には届かない。

 怒号と罵声が飛び交い、誰かが石を掴みかけたその時。



「やめろ」


 剣が抜かれる音。

 広場の空気が一瞬で凍りつく。


 グレイ辺境伯が剣を半ば抜き、冷たい声で告げた。


「証拠なき断罪は、ただの暴徒だ。……それを望むなら、この剣で裁く」


 誰も動けなかった。

 張り詰めた沈黙の中で、私は必死に声を振り絞った。


「盗みを働いた者がいるなら、必ず痕跡が残っているはずです。足跡、指の跡、布の繊維……全部調べましょう!」


 村人たちの目がこちらを向く。

 私は震える手で穀袋の切れ端を拾い上げた。


「これを必ず突き止めます。だから、今は誰も罰してはいけません」



 その場はようやく収まったが、村の空気は重苦しいままだった。

 人の心に巣食う疑念が、最も厄介な敵であることを痛感する。


(私が証明しなきゃ……この村は内側から崩れてしまう)


 決意を新たにした私の横で、グレイ辺境伯が低く囁いた。


「……お前は甘い。だが、その甘さが村を繋ぎ止めるかもしれん」


 その言葉を胸に、私は闇に沈む村を見渡した。

 この地で生きると誓った以上、逃げることは許されない。

第9章をお読みいただきありがとうございます。

外からの妨害だけでなく、ついに「村の内部」からの不信と裏切りが描かれました。

信じていた仲間の中に犯人がいるかもしれない──その恐怖は魔物よりも厄介です。

リシェルは「証拠を突き止める」と宣言しましたが、果たして村を崩壊から守れるのでしょうか。


グレイ辺境伯の「お前は甘い」という言葉は冷たくもありながら、彼なりの肯定でもありました。

二人の距離が少しずつ近づく中、次章では盗みの真相と黒幕の影が明らかになっていきます。

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