第8章 隣領の妨害
【王暦424年・ダール渓谷の村】
その夜、畑を見回っていた村人が慌てて駆け込んできた。
「畑が……! 何者かに荒らされてる!」
私は飛び出し、グレイ辺境伯と共に畑へ向かった。
月明かりの下、芽吹いたばかりの苗が踏み荒らされ、灰を混ぜた土には毒の粉が撒かれていた。
「これは……硝石に混じった灰。わざとだ」
私は手に取った土を嗅ぎ、顔をしかめた。
「隣領の仕業か」
グレイが低く呟く。
村人たちが口々に怒りをあらわにする。
「ヴァルデンのやつらめ……!」
「せっかく芽が出たのに!」
しかし、私はすぐに手帳を開いた。
「毒灰に穀を植えるな。まずは灰を中和せよ。石灰と水で洗い流すべし」
「まだ手はあります!」
私は声を張り上げた。
「川の石灰岩を砕いて粉にしてください! それを畑に撒けば、毒は和らぎます!」
村人たちは半信半疑だったが、私の必死の声に押され、動き始めた。
◇
夜明けまでの作業だった。
男たちは岩を砕き、女たちは水を汲み、子供たちまでが土を混ぜた。
私は泥まみれになりながら、皆の手を導いていく。
そして朝日が昇る頃。
畑に再び水を撒くと、昨日の毒の匂いは消えていた。
「……生きてる。芽がまだ、枯れてない……!」
誰かの呟きに、村人たちの顔が明るくなる。
歓声が上がり、皆が抱き合った。
◇
「よくやったな」
背後から低い声。振り返ると、グレイ辺境伯が立っていた。
その瞳は、いつもの冷徹さを保ちながらも、わずかに柔らかい光を宿している。
「王都の令嬢にできることはないと思っていたが……お前は違う」
不器用な言葉に、胸が熱くなる。
「私は……もう王都の令嬢ではありません。ここで生きる者です」
その言葉に、グレイはわずかに口角を上げた。
「ならば、この村を守る覚悟を示せ。俺が剣で守る。お前は知識で守れ」
「……はい!」
私は強く頷いた。
破壊の痕跡の残る畑の真ん中で、決意は揺るぎなく燃え上がっていた。
(たとえ誰に妨害されても、私はこの村を立て直す。そして証明してみせる。追放された令嬢でも、ここで生き抜けるって──!)
第8章をお読みいただきありがとうございます。
隣領ヴァルデン家の妨害によって、せっかく芽吹いた畑が荒らされました。
しかしリシェルは祖母の手帳の知識を活かし、村人たちと共に被害を食い止めることに成功します。
「剣で守るグレイ」と「知識で守るリシェル」。二人の役割がはっきりと示されたことで、物語は新たな段階に進みました。
次回からは、外敵の圧力だけでなく、村の内部にも揺らぎが生まれます。
信頼の芽がどこまで育つのか、そして妨害の黒幕が誰なのか──ますます緊張感が高まっていきます。