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第7章 隣領との火種

【王暦424年・ダール渓谷の村】


 畑に芽吹いた若草が、風に揺れていた。

 ほんの小さな芽だが、村人たちにとっては希望そのものだった。


「嬢ちゃんのおかげだ……!」

「水が戻って、土も柔らかい。これなら秋には実りが……」


 喜びの声があちこちで上がる。

 私は微笑みながらも、胸の奥で緊張を拭えなかった。


(ここまでうまくいきすぎている……。辺境で“回復”が目立てば、必ず誰かの目に留まる)



 その予感は数日後、現実になった。


 村の広場に、騎馬の一団が現れたのだ。

 赤い外套を纏った男が先頭に立ち、鋭い目で村を見回す。


「この村に新たな領主代理が現れたと聞いたが──」


 その声に、村人たちがざわめく。

 彼は隣領ヴァルデン男爵家の使者だった。

 荒れ果てた辺境の地は、互いの境界が曖昧で、常に小競り合いが絶えない。


「畑が甦り、水が溢れたと噂になっている。……何をした?」


 私は一歩前に出た。

「村を立て直すために、祖母の知識を使っただけです」


「知識、だと? 魔女め……!」


 怒鳴り声に、村人たちが息を呑む。

 その瞬間、黒い影が彼らの前に立った。


「口を慎め」


 グレイ辺境伯だった。

 冷たい声に、赤外套の男がたじろぐ。


「ここはダール渓谷。ライン以南はすべて我が領の監督下だ。勝手に踏み込むな」


「し、しかし──」


「帰れ」


 一言で、空気が凍りつく。

 使者は歯を食いしばり、騎馬を返した。



 その背を見送り、グレイは私に視線を向けた。


「見ただろう。お前の行いは、村を救ったと同時に外の火種にもなる」


 私は拳を握りしめた。

「……それでも、やめません。たとえ誰に何を言われても、私はこの村を守りたい」


 グレイの瞳がわずかに揺れる。

 やがて低く呟いた。


「ならば覚悟しておけ。辺境で“目立つ”者は、真っ先に狙われる」


 その言葉は脅しではなく、警告だった。

 私は強く頷き、心に刻んだ。


(逃げない。私は追放された令嬢だけど……ここでは、私が前に立つしかないんだ)


 空は灰色に曇り、遠雷の気配が響いていた。

 新たな嵐の前触れのように。

第7章をお読みいただきありがとうございます。

村を救ったリシェルの行いは、人々の信頼を得る一方で、外からの警戒と敵意を呼び込む結果となりました。

隣領ヴァルデン男爵家の使者が現れたことで、物語はいよいよ「村の中の逆転劇」から「領同士の衝突」へと広がっていきます。


グレイ辺境伯が言ったように、辺境で目立つ存在は真っ先に狙われる。

その警告が現実になるのか、それともリシェルが更なる力を示すのか──次回からは、外的な圧力と村を守る戦いが本格化します。

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