「アンタなんてぜんっぜん好きじゃないんだから」と言うくせに、引いた途端にすぐデレる
「なんでアンタみたいな陰キャと帰んなきゃいけないのよ」
隣を歩くあかねが不機嫌そうに呟く。
黒髪のツインテールがゆらんゆらんと揺れていた。
「ほんと最悪。高校二年生の貴重な時間をアンタに使うなんて、もったいないの最上級だわ。……はぁ」
見せつけるようにため息をつき、そっぽを向く。
あかねは見るからに不満げで、言葉通りに受け取るなら俺と帰るのが心底嫌なんだろう。
――しかし、幼馴染な俺は知っている。
「……はぁ、そっか」
わかりやすくため息をつくと、あかねがピクリと反応する。
俺は残念そうに呟いた。
「じゃあこれからは別々に帰ることにするか。朝も時間をずらして、遭遇しないようにしよう」
俺の言葉に足を止めるあかね。
「今までありがとな。これからはサッカー部の連中と帰ったり、なんなら今まで行けてなかった晩飯会とかカラオケに顔出すことにするよ」
「…………」
あかねが拳を握り、ぷるぷると震える。
俺はさらに続けた。
「朝もチャリ通に変えるか。そしたらもっと遅くまで寝れるしな。そうなったら夜遅くまでゲームできるし、元々俺は夜が――」
「太一っ!!!!!!」
あかねが俺の服の袖を掴む。
さっきまでのツンとした表情はそこになく。
餌をねだる猫みたいな顔で、かつ必死に言った。
「い、今のは嘘だから! 冗談だから! 照れ隠しが鋭い感じで飛び出ちゃったあれだから! だから私と登下校しない世界線想像しないで! お願いだからっ!!!」
あかねが俺の目をじっと見る。
俺はいつも通り、黙ってあかねを見つめ返した。
するとあかねがハッと我に返り、すぐに離れて腕を組む。
「っていうのはう、嘘よ! ちょっと太一が可哀そうかなって思っただけだし。ふ、ふんっ! 勘違いするんじゃないわよ! ふんっ!」
再びそっぽを向くあかね。
――そう、俺の幼馴染はツンデレだ。
ただし、こっちが引けばすぐにデレるツン意志激よわなツンデレではあるが。
「ま、まったく……これだから太一はもう……私がいないとダメなんだから。まったくもうっ……」
そう言いながらも、少しほっとした様子のあかね。
……な? 可愛いだろ?
あかねがツンとデレの調合の仕方を間違えたツンデレになったのは、小学校高学年から。
俺とあかねは家が隣で親同士が仲が良く、生まれてからの付き合いなのだが、それまでは至って素直な女の子だった。
「たいち! 一緒にあそぼ?」
「たいちが一緒じゃないとや! やっ!!」
「ふふっ、私のたいちなんだから!」
それはそれは可愛かった。
常に俺の隣にいるような、そんな女の子だった。
しかし、小学校高学年からいつの間にか俺にツンツンするようになり……。
「べ、別に? 太一は他の人と遊べば?」
「太一が一緒に寝てほしいって言うなら、寝てあげるけど?」
「ほんと太一って根暗よね。しっかりしなさいよ」
俺にツンツン当たるようになったのだ。
しかし、俺は知っている。
そんなことを言っておきながら、あかねは変わらず俺の幼馴染でいてくれるということを。
だからツンな言動をするたびに、俺はあえて一歩引いてきた。
すると、すぐにデレるというわけである。
な? 可愛いだろ?
俺はそんなあかねが好きだった。
(もう俺たちも高校二年生。そろそろ幼馴染からステップアップしたいところだな)
正直な話、あかねと付き合いたい。
高校に入ってからあかねは男子から大人気で、敵が多いし。
他の男子に取られるなんて、絶対に嫌だ。
「あ、財布がやけに重たいと思ったら小銭がいっぱいだったわ。このまま持ち運ぶのは疲れちゃうし、コンビニで小銭を減らすのに付き合いなさい」
あかねが相変わらずそっぽを向きながら言う。
「だったら、家においてくればいいんじゃないか? もったいないだろ」
「は、はぁ? 私がどう小銭を処理しようが私の勝手でしょ? それに、太一みたいな考えの人がいるから経済は回らないの。これだから控えめ根暗陰キャは……」
「……そっか。じゃあ控えめ根暗陰キャの俺はとっと家に帰ることにし――」
「だ、ダメ! 今のは言葉の綾だから! 本心じゃないからっ!!」
あかねが必死そうに俺を引き留める。
「そうなのか?」
「……ハッ! ……知らないわよ、ばか。いいからついてきなさい」
あかねがつかつかとコンビニに入っていく。
(……ダメだ、可愛い)
俺がついてきてるか、チラチラ見て確認してるのも可愛い。全部が可愛い。
だからわかっていても意地悪したくなる。
ここだけの話、あかねは毎回何かしら理由をつけて寄り道をしようとする。
そもそも、テニス部のあかねとサッカー部の俺じゃ帰る時間が違うのに、毎回遅い俺を待って帰ろうとしているのもあかねだ。
ツンツンしておきながら、行動があまりに分かりやすすぎるのだ。
(そこも全部可愛いんだよな……今すぐ抱きしめたい)
きっと、あかねも俺のことを好きでいてくれてると思う。
高校に入って、一年で二十人以上に告白されても全員断ってる辺り、かなり確信が持てる。
「太一、早く!」
あかねに促され、コンビニに入る。
――やっぱり、告白しよう。
コンビニから出て、その前で二人、アイスを食べる。
ちなみに歩きながら食べられるのに、わざわざコンビニ前で立ち止まって食べているのは、
「歩きながら食べるなんて危ないわ。それにゴミを家庭ゴミにしたくないの。わかる? 私家庭的だから」
らしい。
うん、可愛い。
「あっ……美味しい」
ソフトクリームを食べながら、思わず呟くあかね。
可愛いなと思ってみてみると、俺の視線に気が付いたあかねが我に返った。
「い、今のは違うから! せ、生産者に感謝しないとダメでしょ⁉ だから美味しいって言うことで、届かないかもしれないけど感謝の意を表してるのよ!」
「そっか。あかねは偉いな」
「っ!! 太一のくせに私に偉いとか言うんじゃないわよ!」
「……そっか。これからは言うのやめるわ」
「冗談だから! むしろたっくさん言ってほし……くはあるかもしれないかもね?」
もはや別人格を疑うレベルだ。
しかし、あかねの甘えたがりな性格がツンデレを不器用な形に歪めている。
そこが可愛い。だから可愛い。
「…………」
顔の熱を冷ますようにソフトクリームを食べるあかね。
――言うなら今だな。
「あかね」
「な、何よ」
不機嫌そうなポーズを取るあかね。
俺はあかねをまっすぐ見て言った。
「好きだ。付き合ってほしい」
「…………」
固まるあかね。
「………………へ?」
やっと声が出たと思えば、すぐに顔が真っ赤になった。
「は、はぁ⁉ す、好き⁉ 太一が、わ……わ、わわわわ私を⁉」
「あぁ、好きだ」
「はははははははぁ⁉⁉⁉」
口をパクパクさせるあかね。
ぬくい気温に、ソフトクリームがじわりと溶ける。
「付き合ってほしい」
「っ!!!! 付き合っ……太一が……う、うそ。うれ……いや、アンタ……ふぇ? うっ……くっ……」
ツンとデレの葛藤がすごいな。
「ダメか?」
俺が首を傾げて訊ねると、あかねは「ふんっ!」とそっぽを向いて言った。
「わ、私が太一と付き合うわけ……」
「そっか。じゃあ……」
「うそうそ! 嘘だから! 付き合うってばぁああああああっ!!!!」
あかねが涙目で俺に迫ってくる。
あかねの顔が俺の顔のすぐ近くにある。
あかねは目をうるうるとさせて、上目遣いで俺を見ていた。
「付き合ってくれる?」
「うんっ! ずっと待ってたんだから! だって私も、太一がす……っ!!!」
我に返るあかね。
俺からすぐに距離を取ると、またしてもそっぽを向いて、腕を組みながら言った。
「しょ、しょうがないから付き合ってあげるわよ。……太一は私以外の人なんて、絶対に無理なんだから」
そう言うあかねの耳は真っ赤で、横顔でもう嬉しそうなのがわかった。
……やっぱり、俺の幼馴染は可愛い。
「…………あ」
「な、何よ。今更取り消そうって言ったって無理よ。だってもう私と太一は恋人に……」
「アイス溶けてる」
「……へ? あ!」
あかねの手からぽたぽたと垂れるソフトクリーム。
地面に白くて丸い円を作っていく。
「た、太一! どどどうしよう!」
慌てるあかね。
そんな表情すらも愛おしい。
「ほら、ハンカチ使って」
「ありがとう! たい……ふ、ふんっ! 少しはやるじゃない。さすが私のかれ……か、かれ……すぃなんだから」
「すぃ?」
「も、もうっ! いじんないでよ太一っ!!!」
おしまい。