7 複数精霊の乱舞(森の奥/夕暮れ)
夜の山中、かつて人が立ち入っていた神域の跡地。
黒ずんだ霧が地面を這い、空気は異様な静けさと緊張感に包まれていた。
風も止み、音という音が消えた空間に、ただ精霊の怒りだけが渦巻いている。
紫乃は眉を寄せ、額に汗を滲ませながら前方を睨みつけるように見据えていた。
両手を軽く組み、心を研ぎ澄ませるように呼吸を整える。
紫乃(かすれる声)
「……二体……いや、三体……!?コアが……複雑に交差してる……!」
霊紡士としての“目”が紫乃に映し出したのは、精霊たちのコアが交差し、混ざり合い、暴走寸前の不安定な状態。
まるで感情の濁流がぶつかり合い、衝突を繰り返しているかのようだった。
朱音は剣型の霊具を構えながら
「紫乃、無理するな!お前の力は強い分、反動も──!」
声には焦りが混じっていた。彼は紫乃の限界を知っている。
そしてその力が代償と引き換えだということも、誰よりも理解していた。
だが、紫乃は決して目を逸らさなかった。
震える体を支えるように足を踏ん張り、吐息混じりに言葉を絞り出す。
紫乃はふらつきながらも
「……でも、私が見ないと……先輩が傷つくの、嫌だから……!」
その瞬間、朱音の瞳にわずかに揺れる感情が宿る。
いつものように茶化すことも、強がることもせず、彼はただ一瞬、口を閉じた。
「──馬鹿。そんな顔してまで、俺のために無理すんなよ……!」
紫乃の視界が、滲む。
精霊の感情の波が、彼女の精神を押し流していく。
音が遠ざかり、足元から力が抜け、朱音の声もどこか遠くで鳴っているように思えた。
(ああ……朱音先輩……無事で、よかった……)
そのまま意識がふっと遠のき、彼女の体が地面に崩れ落ちる。
朱音は咄嗟に駆け寄り、受け止めながら叫ぶ。
「──っ!紫乃!!」
彼女の顔は青ざめ、冷や汗に濡れていた。
朱音は乱れる呼吸のまま、彼女を優しく抱きかかえ、そっと額に触れる。
その手は、珍しく震えていた。
「こんなとこで……倒れるなよ……バカ……!」
静寂を破って、遠くで雷鳴が鳴り響いた。
浄化の儀式はまだ終わっていない──だが朱音の眼差しは、今はただ紫乃ひとりに向けられていた。