表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/25

② 喧嘩の翌朝 ― すれ違いと、ほんの一言

冬の朝。本部の廊下には、冷たい空気がわずかに残っていた。足音と書類をめくる音だけが響く中、紫乃はいつもより早く部屋を出て、朱音と顔を合わせないようにしていた。


──昨夜のことが、頭から離れない。


些細なすれ違いだった。任務中、紫乃が単独で動いたことに朱音が強く怒り、思わず感情的な言葉を投げてしまった。


「無茶すんなって言ってんだろ! お前、死にたいのかよ……!」


その声が、まだ胸に残っている。

紫乃は壁際を歩きながら、小さく溜息を吐いた。


(……朱音先輩の言い方、きつかったなぁ。でも……あれはきっと……心配してくれたんだよね)

手にしていた書類を握る指が、少しだけ強張った。

ちょうどそのとき──曲がり角の向こうから、足音が聞こえた。

視線を上げると、そこには朱音の姿。

一瞬、お互いに立ち止まる。朱音も、紫乃も、わずかに目を逸らす。


(……気まずい)

紫乃が歩き去ろうとしたその瞬間、朱音が低く声をかけた。


「……紫乃」

足が止まる。紫乃は振り返らず、少し肩をすくめたまま、じっと立っていた。


「昨日のこと……悪かった。あんなふうに怒鳴るつもりじゃなかった。……でも、あのときのお前の顔見て、俺──」

言い淀む朱音。しばし沈黙が流れたあと、彼は不器用に言葉を繋いだ。


「……俺、お前のこと怒ると、心配しすぎて言いすぎる。……悪い」

紫乃はようやく振り返り、少しだけ困ったように笑った。


「……怒ってくれて当然ですよね。朱音先輩が、私の無事をちゃんと願ってくれるって、わかってますから」

朱音の目が、ふっと和らいだ。


「……お前ってさ、本当、強ぇよな」

「そんなことないですって。ただ……朱音先輩の言ってる事、ちゃんとわかってるから」


短いやりとりだった。でも、言葉の奥には、確かな想いがあった。

廊下を吹き抜ける風が、二人の間をそっとなでて通り過ぎる。

朱音がふと口角を上げて言った。


「じゃあ、次はお前が俺の心配してくれる番な。……任務中でも、隣にいてくれると安心すんだよ」

紫乃は、ほんの少し頬を染めながら頷いた。


「……はい。ちゃんと、隣にいますから」

廊下の冷たさとは裏腹に、二人の距離はまたひとつ、近づいていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ