17 春の息吹のなかで~未来への約束
場所は、朱音が療養している郊外の静かな診療院。
山の麓にあり、風が運ぶ春の香りが窓を揺らしていた。
紫乃は、ゆっくりと扉をノックする。
「……朱音先輩、入ってもいい?」
「……おぅ。来ると思ってた」
懐かしい声。
ベッドに腰かけ、軽く笑みを浮かべる朱音がそこにいた。
頬は少し痩せたけれど、その眼差しは相変わらず──真っ直ぐで、優しい。
紫乃は、たまらず彼に駆け寄った。
「よかったぁ……! 本当に、よかった……!」
「大げさだって……言いたいとこだけど……お前の泣き顔、また見たくねぇしな」
彼女の髪にそっと手を伸ばし、ふわりと撫でる。
紫乃の瞳が潤む。
「……ずっと、怖かったんだけど。目を閉じるたびに、朱音先輩が遠くにいっちゃう夢ばかり見て……」
「悪い。……でも、俺はちゃんと戻ってきた。お前が──俺の隣で泣いた声が、引き戻してくれたからな」
「……先輩」
「俺の願い、ちゃんと叶ったろ? “お前の隣に、ずっといたい”ってやつ」
紫乃が静かにうなずいた。
ふたりの指先が、迷うように触れ合い──自然と、手が重なる。
「……これからも、ずっと隣にいてください。今度は、私が守るよ」
朱音は、照れくさそうに目を細めた。
「そっか……やっと言ったな。じゃあ、正式に……よろしくな、紫乃」
紫乃は微笑み、朱音の手をきゅっと握り返した。
数ヶ月後。
ふたりは再び、精霊災害の小さな現場へと赴いていた。
今では息もぴったりで、かつてのぎこちなさはもうない。
事件を無事に収めたあと、朱音は紫乃をとある丘へ連れていった。
そこは春の花が咲き誇る、秘密の場所。
「前にさ、言ってたろ。『落ち着く場所ですね』って。──ここも、お前に見せたかった」
花が風に揺れ、やわらかな光が降り注ぐ。
紫乃が、小さく微笑む。
「……きれい。でも、朱音先輩がいるからだと思います」
朱音は懐から、ひとつの小箱を差し出した。
「これ、前のよりちゃんとしたやつ。……今度は、“霊具”じゃない。俺の気持ちの、証拠」
開くと、中には細い銀のペアリング。
紫乃の名と、朱音の刻印が彫られていた。
「まだ結婚って年でもないけど……“約束”って意味では、本気だから。……受け取ってくれるか?」
紫乃は唇を噛み、そしてそっと、手を伸ばした。
「──はい。ずっと、ふたりで。……未来も、隣にいてください」
空には一羽の鳥が舞い上がり、春の光の中へ溶けていく。
世界はまだ混沌と静寂の狭間にあるけれど──
ふたりの心は、もう迷わない。
精霊と人間をつなぐ“共鳴”の物語。
それは今、新しい章を迎えていた。
──End