16 突如の異変と朱音の負傷
冬の陽が傾きかけた頃。
神社をあとにし、ふたりが山道を歩いていると、突如空気が揺れ、霊的波動が広がる。
紫乃が小さく息を呑む。
「……朱音先輩、今の……!」
朱音はすぐに反応し、紫乃を庇うように前へ出た。
「来やがったか……。さっきの“神社”に残ってた残滓だな……! くそっ、油断した!」
刹那、結界の破れた隙間から“未浄化の霊体”が顕現する。
その力は強くはない──だが、紫乃がその場に踏みとどまれば、再び“視る”負荷で意識を失いかねなかった。
朱音は迷わず、ひとりで霊を押さえにかかる。
「ここは任せろ! お前は離れ──」
だが──
霊体が消え際に放った最後の一撃。
不意を突かれた朱音の脇腹を、鋭い霊撃が貫いた。
「──っ!」
刹那、血飛沫が冬の空に弧を描く。
霊体は浄化されて消えるが──その代償はあまりにも大きかった。
「朱音先輩ッ!!」
紫乃が叫ぶ。
彼の身体が崩れるように倒れ、白い雪に滲んでいく赤。
「嘘……やだ、やだ、そんなの、そんなのって……!」
彼の元に駆け寄り、彼の手を握る。
その手はいつものように温かくない──だけど、まだ……まだ息はある。
「朱音先輩、お願い……目を開けて。私、まだ言ってないことがいっぱいあるの……!」
涙が、朱音の頬にぽたぽたと落ちていく。
「やっと、気持ちを伝えられたのに……バカ、なんで、どうして……!」
紫乃の声が震える。
だが、彼女の想いに応じるように、朱音のまぶたが微かに動いた。
「……泣くな……似合わねぇぞ、紫乃……」
「朱音先輩……!」
かすれた声と笑みに、紫乃は胸を詰まらせる。
「……俺、指輪渡したばっかだろ……こんなんで死ねるかっての……」
「……うん。だから、お願い……生きて。私が、守るから」
──霊紡士としてではない。
“ひとりの女”として、紫乃は祈るように彼を抱きしめた。