12 紫乃サイド:霊の記憶に沈む夢
目を開けると、そこは色のない空間だった。
辺りは灰色。上も下も、境界がなく、光すらもぼやけて見える。
声を出そうとしても、自分の喉から音が出ているのかどうか、確信が持てなかった。
──ここは、どこかな……?
自分の足元には、まるで霧のような記憶が漂っていた。
怒り、寂しさ、喪失、裏切り──それは、精霊が抱いていた負の感情の残滓。
その中に、一際濃い“痛み”が混ざっていた。
「……君も、僕を捨てに来たの?」
声がした。
振り向くと、まだ形を成していないような“精霊の影”が立っていた。
かつて朱音が対話に失敗した──否、心を開く前に、拒絶されて消えかけた存在。
「違う……私は、朱音先輩の“今”を……守りたいだけだよ」
紫乃の言葉に、影は震えた。
「でも……あの人は、僕のことを知らないふりをした。怖がったんだ。僕の怒りも、悲しみも、全部……」
「怖かったのは、朱音先輩じゃなくて……きっと、あなたのほうじゃないの?」
紫乃は踏み込んだ。
声を震わせながらも、精霊の中にある“人の感情”に寄り添うように。
「わかってほしかった。でも、伝え方がわからなかったんだよね……だから、怒りにすがった。……先輩も、それを受け止めきれなかっただけで、逃げたわけじゃないよ」
精霊の影が、一瞬、揺れた。
紫乃はさらに進む。
「私たちは、まだ“向き合える”。あなたが今もここにいるなら──朱音先輩と、もう一度……!」
その時。空間の奥で、誰かの声が響いた。
「──紫乃ッ!」
光のような、叫び。
それは、紫乃の名を確かに呼ぶ、現実世界の声だった。