11 精霊の襲撃と拉致(山中の儀式場跡)
日が落ち始め、空は紫に染まりかけていた。森の奥、いつものように調査を進めていた朱音と紫乃の前で、突如として空気が変わった。
冷たい風が吹き抜ける。
それはまるで、感情そのものが空間を支配したかのような、得体の知れない気配。
紫乃は眉をひそめ、ふと足を止めた。
背中を走る悪寒と、胸を締めつけるような異様な気配が、彼女の“視える目”を通じて強制的に流れ込んでくる。
「……っ、頭が……うそ、コアが……こっちに来てる……っ!」
額を押さえて苦悶の声を漏らす紫乃の体が、大きく揺らいだ。
次の瞬間、朱音が振り向くより早く、周囲の空間が淡く歪んだ。
「──紫乃ッ!!」
叫びが届くこともなく、紫乃の身体はその場に浮き上がる。
まるで目に見えない霊的な手に引かれるように、彼女の全身が淡い青白い光に包まれていく。
それは暴走した精霊の波──
けれど、ただの暴走ではなかった。
朱音の脳裏をよぎったのは、かつて自身が「対話に失敗し、浄化ではなく消滅させてしまった」感情精霊の名だった。
「……まさか、あれは……!」
朱音の顔から血の気が引いていく。
その瞬間、空間が音もなくひび割れ、まるで結界が逆流するような強制転移が起こった。
紫乃は微かな呻き声と共に、霊波に飲み込まれ──
そして、まるで泡のように、朱音の目の前から消えた。
一瞬の静寂。
立ち尽くす朱音の手には、彼女のリボンが一枚だけ残されていた。
それは、彼女が本当に消えたという証のようで。
そして──自分の過去が、今なお誰かを傷つけていることへの、痛ましい証明でもあった。
「……ちくしょう……俺が……」
朱音は拳を握り締め、リボンを胸に抱えた。
もう二度と、失いたくなかった。
彼女の声を。温もりを。
「紫乃……今度こそ、俺が……助ける」
夕闇が、森を包み込む。
その奥に、朱音の罪と向き合う夜が、静かに始まろうとしていた。