10 神域の外れ、静けさの戻った草原にて
霧はようやく晴れ、あたりには淡い夕光が差し込み始めていた。
小鳥のさえずりすら聞こえない、静まり返った森の奥で、朱音は紫乃の傍らに膝をついていた。
彼女の体温はゆっくりと戻りつつあり、頬に触れた彼の指に、わずかなぬくもりが宿る。
そして──
紫乃(かすかにまぶたを動かしながら)
「……朱音先輩……?」
その声に、朱音の肩が小さく揺れた。
顔を伏せていた彼は、少し照れたように口元を歪める。
朱音は小さく吐息をついて
「……ったく。起きるなり名前呼ぶとか、可愛いとこあんな」
彼の声は、ふざけたように聞こえながらも、どこか震えていた。
安心と怒りと、どうしようもない心配が混ざっている。
紫乃は目を瞬かせながら、顔を赤らめ
「……怒ってます?」
朱音はしばらく黙ったまま、紫乃の手を握り、指をゆっくり絡めた。
言葉を選ぶように、ほんの少しだけ間が空く。
朱音の声は低かったが、それでも優しさがこもっていた。
「怒ってるよ。……俺以外のやつのために、あんな無茶したら、もう許さねぇ」
「……私、朱音先輩の役に立ちたくて……それだけで……」
彼女の言葉は本心だった。
ただ、彼の力になりたかった。彼の隣にいたかった。
そのために無理をした──それを、責められると思っていた。
けれど朱音は、ふと俯いて笑った。
どこか照れくさそうで、優しすぎる声音だった。
朱音は目を細めて、軽く笑う。
「……十分だよ。ほんと、十分すぎる。バディ以上に、大事に思ってんのに……」
紫乃は小さく息を呑む。
「……え……?」
朱音は真っ直ぐに彼女を見つめて、彼女の額をはじく。
「……気づいてねぇのお前だけ」
「いっ!」
はじかれた額を抑えながらも紫乃は目を逸らせず、ただ彼の瞳を見つめていた。
風が、ふたりの間をそっと撫でた。
その瞳に映っていたのは、仲間としての信頼だけじゃない。
もっと深い、もっと熱い、彼自身も気づかぬほど真剣な──“想い”だった。
朱音は静かにうなずき、もう一度紫乃の手を握りしめた。
まだ何も“告白”とは言えない。けれど、確かにふたりの距離は、もう「ただのバディ」ではなかった。