いろとりどり
これは、周りとは少しだけ違う鳥のお話。
昔むかしのこと。
あるところに、たくさんの鳥たちが住んでいる島がありました。体が大きいものから小さいもの。森に住むものから海に住むもの。真っ黒な体をしたものからまるで虹色のような体をしたものなど、それはそれはたくさんの鳥たちが住んでおりました。
そんな中、このお話の主人公の鳥は、白い体に茶色い斑点がぽつぽつとついていて、まるで泥水がはねたようでした。
他のきょうだいたちは皆真っ白い体でしたのに、この1羽だけ見た目が違ったものでしたから、いつものけ者にされてひとりぼっちでした。
母さん鳥はわけへだてなくみんなに愛情をそそぎましたが、おとなりさんたちはいつもその子のことを不思議そうに話すのでした。
「おかしいわねえ。他の子たちはみんな真っ白なのに、あの子だけひどい雨に打たれたかのようじゃない」
「嵐の時によその子の卵がまぎれこんじまったんじゃないかね。飛ばされてきた卵が運よくあの奥さんの巣に入ったのさ。そうにちがいない」
「本当の子なら堂々としていればいいのよ。だけどあの子、いつもコソコソして隠れてばかりじゃないか。自分でも違う家の子だと分かっているんだろうよ」
おとなりさんたちだけでなく、きょうだいたちもその子のことをひそひそ話し合っていました。
「どうしてあいつだけ、僕たちと体の色が違うんだ? 他に誰もそんなやつはいないだろう?」
一番上の兄さん鳥がそう言いました。
「見ればわかるじゃないの。誰か1人でもあんな茶色い点がある?」
一番上の姉さん鳥がそう言いました。
「やっぱりあいつは本当のきょうだいじゃないんだ。よその子なんだ」
2番目の兄さん鳥がそう言いました。
「そうよ。この島にはたくさんの鳥がいるんだもの。間違ったって不思議じゃないわ」
2番目の姉さん鳥がそう言いました。
「じゃあ、あれは兄さんじゃないの?」
末のおとうと鳥がきょうだいたちにそう尋ねました。
「おかあさんはいつも、7つの卵を産んだって言ってたわ。ほんとのお兄さんはどこなの?」
末のいもうと鳥もそう尋ねました。
「きっと、入れ替わったに違いない」
一番上の兄さん鳥はそう言いました。
「とりあえず、あいつはまるで泥が付いているみたいだから、これからは『どしゃぶり』と呼ぶことにしよう」
きょうだいたちはそれからその子のことを『どしゃぶり』と呼ぶようになりました。
母さん鳥は聞こえないふりをしていましたが、その実、そのことにとても心を痛めていました。
ある晩のこと。皆が寝静まったあと、どしゃぶりは母さん鳥に訊きました。
「母さん、僕はよその子なの?」
母さん鳥は言いました。
「いいえ。まちがいなくお前は私が産んだ子。卵を産んでから私は、毎日数を数えていたの。いつもぴったり7個。お前たちきょうだいも7羽。間違いなく、本当のきょうだいですよ」
「でも、なんで僕だけ違うんだろう」
どしゃぶりは悲しそうに言いました。
「私にもそれは分からないわ。でも、誰が何と言おうと、お前は私の息子です」
母さん鳥はそう言って、どしゃぶりを抱きしめました。
「さあ、もう寝なさい。いい夢が見られますように!」
どしゃぶりを寝かしつけた後、母さん鳥はひそかに涙ぐみました。
「どうしてあの子だけ違うのかしら。間違いなく私が産んだ子なのに。私が言われるのは構わないけれど、まだ幼いあの子が周りからなんて言われているかを知ってしまったら……」
どしゃぶりは実は起きていました。そして、母さん鳥のその言葉を1つのこらず聞いていました。そしてぽろぽろと涙を流しました。
そんなある日のこと。母さん鳥は餌を探しに出かけていきました。
巣に残ったきょうだいたちは、どしゃぶりに見向きもせずに楽しそうに話をしていました。
「みんな、話を聞いてくれませんか」
どしゃぶりは思い切って、きょうだいたちに声をかけました。
「なんだ、どしゃぶり」
「私たちは忙しいのよ。話しかけないでちょうだい」
一番上の兄さん姉さん鳥が口々にそう言いました。
どしゃぶりはその言葉を聞いて涙が出そうになりましたが、ぐっとこらえて言いました。
「大事な話なんです。お願いだから聞いてもらえませんか」
すると、2番目の兄さん姉さん鳥が振り向いて言いました。
「お前の話がどれくらい大事かもわからないじゃないか」
「そうよ。本当に大事な話なの?」
「本当に大事な話なんです。僕はこの家を出ようと思うんです」
どしゃぶりは声を張り上げて言いました。
すると、みんな一斉にどしゃぶりの方を見ました。全員、まるで目が落ちそうなぐらい、驚いていました。
「何を言ってるんだ。この家を出ていけば、お前はひとりぼっち。餌だってとれないじゃないか」
「にいさんの言う通りよ。ばかなことを言わないでちょうだい」
一番上の兄さん姉さん鳥がなじるように言いました。
「確かに、僕はまだ自分で餌もとれません。でも、それ以上に母さんが僕のことで悲しい思いをするのがつらいのです。おとなりさんが僕の体の色のことをあれこれ言うのを、これ以上母さんに聞かせたくないんです。だから、僕はこの家を出ます。母さんには兄さんたちからよろしく伝えてください」
そう言うが早いか、どしゃぶりは巣を出て、あっという間に草むらの中に走り去ってしまいました。
あとに残されたきょうだいたちは、みな押し黙ってしまいました。母さん鳥がこのことを知ったら! そう思うと、誰も何も言えなかったのです。
その日の夕方。母さん鳥が子供たちのためにたくさん餌をとって帰ってきました。
みんなが母さん鳥を迎え出てきたのを見て安心したのもつかの間。母さん鳥はすぐに、どしゃぶりがいないことに気が付きました。
「あの子はどこ? おうちの奥に隠れているの?」
子供たちにそう尋ねますと、みんな下を向いて黙ってしまいました。
少しして、一番上の兄さん鳥がおずおずと言いました。
「母さん、あいつは出て行ってしまったんだ」
それから、みんなは留守中になにがあったかを母さん鳥にひとつ残らず話しました。
それを聞いた母さん鳥は、急いであたり一面を探し回りましたが、ついにどしゃぶりを見つけることはできませんでした。
巣に帰った母さん鳥は、声を震わせて泣きました。そして、せめてどしゃぶりが飢えることや渇くことの無いよう、神様にお祈りするのでした。
その頃、どしゃぶりは行くあてもなく、歩いていました。すると、急にぽつぽつと雨が降り出してきました。冷たい雨に打たれながら歩いていますと、目の前に小さな洞窟がありましたので、そこに隠れて雨やどりをすることにしました。
降っている雨を見ていますと、どしゃぶりの目からも涙があふれてきました。ぽたぽたと流れ落ちた涙は足元に広がって、まるで水たまりのようでした。雨は夜の間も止むことなく降り続けました。
次の日の朝。空はすっかり晴れていました。どしゃぶりは起きて、また歩き出しました。
とぼとぼと道を歩いていますと、真っ赤に色づいた実がなっている木が生えておりました。
「そこの鳥さん、あなたはどうしてそんなに悲しそうなの?」
「さっき家を出てきたんです]
「どうして、家を出てきたの?」
「他のきょうだいたちはみんな、真っ白な体をしているのに、僕だけこんな茶色い斑点がついているでしょう。そのことで母さんはいつも悲しい思いをしてきたんです。それがつらくて、僕は家を出たんです」
それを聞いて、木はどしゃぶりのことを哀れに思いました。
「かわいそうに。なら、私になっている実の赤色をあなたにあげましょう」
そう言って、どしゃぶりの体に実がふれると、片方の羽が少し赤色に染まりました。
「なんてきれいな赤だろう。木さん、どうもありがとう」
そう言って、どしゃぶりはまだ歩き出しました。相変わらず道はまだびしょびしょでしたが、どしゃぶりの心は少し晴れました。
歩き続けていますと、黒いはねに青い模様をもったちょうがひらひらと花の上を飛んでいました。
「そこの鳥さん、あなたはこれからどこにいくの?」
「どこにいくのかは僕にも分からないのです」
「そう。ところで、どうしてあなたのはねは片方だけ赤いの?」
どしゃぶりがわけを話して聞かせますと、ちょうもどしゃぶりを哀れに思いました。
「片方だけ赤いのは少し変だわ。わたしの青色を少しだけあげましょう」
そう言って、羽にさわりますと、どしゃぶりの羽が少し青くなりました。
どしゃぶりはお礼を言って、また歩き出しました。
それから、どしゃぶりは色々なものに会い、少しずつ色を分けてもらいました。
ひまわりからは黄色、象から灰色、ぶどうからは紫、かえるから緑といった具合に、本当にいろんな色をもらいました。
どしゃぶりの体は色々な色に染まり、茶色い斑点のことなどもう気にならなくなっていました。
そんなある時、どしゃぶりは老いた1羽の鳥に出会いました。ところどころ羽は抜けかかっており、飛ぶのもやっとというありさまでしたが、そのあたりでは深い知恵をもつ鳥として知られていました。
「そこの若いの。どちらに行かれるのかな」
老いた鳥はどしゃぶりにそう声をかけました。
「特に行くあてもありません。僕はただ、色々な色をもらっているだけなのです」
どしゃぶりはそう答えました。
「なぜ、そんなに色々な色が欲しいのかね」
老いた鳥はそう尋ねました。
どしゃぶりがわけを話して聞かせますと、老いた鳥はどしゃぶりをくまなく見てこう言いました。
「なるほど。辛い思いをしたのう。しかし、若いの。わしが見る限り、おまえはもう十分な色を持っておるように見えるがのう」
「そうでしょうか?」
どしゃぶりがそう尋ねますと、老いた鳥はこう続けました。
「そこの池で自分を眺めて見るとよい。そして思い出してみよ。自分が元々何色だったのか」
それを聞いて、どしゃぶりは近くの池に行って、自分を眺めて見ました。
するとそこに映っていたのは、色々な色が混じったせいで、ところどころ濁ったような色になってしまっている鳥でした。
その姿を見て、どしゃぶりはぽろぽろと涙を流しました。するとそこに、さっきの老いた鳥がやってきました。
「どうかの? 今の自分の姿と昔の自分。どちらが良かったかね」
「昔の自分は嫌いでした。けれど、今の自分はもっと嫌いです」
目に涙を貯めながらどしゃぶりはそう言いました。
「一つ一つの色はきれいなものよ。しかし、それも集めすぎればお互いの良さを邪魔してしまう。それに、見かけだけ着飾ってもいつかは色あせるものよ。わしの体のようにな」
老いた鳥はどしゃぶりの方を見てそう言いました。
「元の体に戻るためにはどうすればいいんでしょう」
どしゃぶりはそう尋ねました。
「その色は元々もらったものじゃろう? ならば返せばよい」
老いた鳥は静かな声で優しく言いました。
「色を返し終わったら、またここに来るとよい。ここは見かけだけで誰かを決める者はおらぬ」
それを聞いて、どしゃぶりの心はいくらか晴れました。
それからどしゃぶりは色を返しに行きました。
かえるには緑、ぶどうには紫、象には灰色、ひまわりには黄色といった具合に、色をくれたものたちにお礼を言いながら、色を返して歩きました。
色を返し終わったとき、どしゃぶりは茶色い斑点がぽつぽつとついている白い体に戻っていました。けれど、すっかり心は明るくなり、もう自分の体のことなど気にならなくなっていました。
「そうだ、あの場所にいこう」
そう言って、どしゃぶりは羽を広げて飛び立ちました。
風に乗りながら舞い降りた場所は、老いた鳥と話をしたあの池の近くでした。
そこでは、老いた鳥が待っていました。
どしゃぶりが近づきますと、老いた鳥はどしゃぶりの体を見て、こう言いました。
「今のお前も悪くないぞ」
それを聞いて、どしゃぶりは嬉しくなりました。
他の鳥たちも集まってきて、どしゃぶりのことを歓迎してくれました。
それからどしゃぶりは、いつまでも幸せに暮らしたということです。
ご無沙汰しております。滑稽な烏骨鶏です。
気が付くと、最初に作品を投稿してから約1年間近く経っていたというこの事実。
何という事でしょう。
今後も何とか頑張りますので、お読みいただけると幸いです。